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2021年9月12日日曜日

ゼロ言語トーク(ジブリッシュ)がなぜアート思考をたすけるのか?


意味がない言葉(ジブリッシュ)は第一言語(母国語)より前の「ゼロ言語」とよばれます。

このゼロ言語を話す非日常的な行動をすると、頭の中にどんなことが起こり、なぜアーティストのような創造的な考えが生まれたり、感性が豊になったりするのかについて説明してみようと思います。


「アート思考」は「ロジカル思考」⇒「デザイン思考」のさらに次にくるものとして、近年ビジネスの領域で注目を集めています。

デザイン思考が誰かが欲しいものを形にする考え方であるのに対して、アート思考は自分の思考と向き合い、ゼロからイチを生み出す芸術家の考え方です。

なぜ今「アート思考」なのかというと、これからの時代はAIにはできない自分起点のユニークな視点をもち、正しい問いをたてる洞察力がビジネスパーソンにも求められるからです。


『The Artist‘s Way - ずっとやりたかったことを、やりなさい』というベストセラーがあるのですが、私はタイトルに惹かれて10年ぐらい前に読みました。

その時、「自分の内部のアーティストを育てる」ことと「自分がやりたいことを知る」ことは同義なのだと知り、とても新鮮でした。


アート=芸術、趣味の世界、というと何か遠いもののように感じますが、実は自分自身の内側とアートは深く繋がっているのですね。


著者のJulia Cameronの説明がとても分かりやすいので、彼女の言葉で「ゼロ言語トーク(ジブリッシュ)」が内なるアーティストを育てる理由を説明したいと思います。


「内部のアーティスト」とは「創造的な心、常識に囚われない自由な心、子供であり、右脳に住んでいる」とJuliaは表現しました。

私たちはその内なるアーティストに栄養を与え、大事に育ててゆけばよいのです。具体的な方法を3つにまとめてみました。



1】 左脳に住む“検閲官”を黙らせる


右脳は感性脳、左脳は論理脳といわれますが、それぞれが大事な役割を担っていて、左脳はロジカルに考え、生命の安全を第一にする思考を行っています。左脳にとっては非日常的な遊びは危険性をはらんでいるので、“検閲官”は真実を装い、アーティストにとっては否定的で破壊的な言葉を投げかけます。


アートに取り組んで、内なる神聖な声に耳を傾けて何かを生み出そうとしている最中に、“検閲官”は常識的な態度で「そんなことをやって何になるんだい?」「冗談はよしてくれ」「酷いありさまじゃないか」と水を差してきます。

そんな状況では内なるアーティストを育てることはできませんよね。


アーティストを育てる方法として、Juliaは「モーニング・ページ」という手法で、毎朝3ページ、頭に浮かぶことをとにかく書きだして、左脳が働く隙をを与えない方法を基本ツールの一つとしました。

私はかつて、毎朝の通勤電車の中で8分間これを行っていたのですが、 “脳の排水“という表現がぴったりな感情のデトックスでした。

マシンガン・トークのように休みなく、スゴイ勢いで書き続けると、左脳の論理脳が働かなくなるのでしょう、自分の内面にある感情や思考に集中することができました。ちょっと変な人ですが、電車のドアが開いて駅のホームに降りる頃には、頭はスッキリとクリアになり、たまには思いもよらなかった気づきを得ることもありました。


ジブリッシュはこの「モーニング・ページ」と同じ作業を文字に書き出す代わりに、口から出すことができます。


しかも、口からでる言葉には言語の定義が紐づいていないため、心に感じたモヤモヤした感情はそのままモヤモヤの音として口からでていきます。言葉の概念に縛られたり、表現を吟味したりする必要がなく、より自由な形で感情を表出することができるのです。

しゃべっているときには論理的な思考はできません。左脳の働きが止まるので、今まで気づかなかった内なる自分が感じていることに気がついたり、内なる自分の遊び心にまかせて自由に身体を動かしたりする冒険ができるのです。



2】 内なるアーティストと共に過ごす時間をつくる


Juliaがすすめる二つめの基本ツールは「アーティスト・デート」です。

内なるアーティストは子供であるため、親と過ごす時間が何よりも大事です。子供に向き合う時間をしっかりと確保して、子供の言い分をきちんと聞いてあげたり、一緒に遊んであげたりすることで、内なるアーティストは健全に育っていきます。


ジブリッシュは日常生活の細切れの時間でも、この内なるアーティストと二人きりの時間を作ることができます。

散歩をしながら人の目がなさそうな場所を見つけたら、目に付いたお花や樹々の葉っぱにむかって、ジブリッシュで話しかけてみましょう。


例えば、「あら~、ずいぶんきれいに咲いてますね~。へ~、ピンクのグラデーションになってたんですね!柔らかそうな頼りなげな花びらが繊細ですね~」などの思いを、ジブリッシュ(意味のない言葉)でお花に話しかけてみたとします。

今まで見ていた「ピンク色の花がある」という認識から、「可憐な桃色のお姫様が風に揺られて笑いかけている」といった感性に変わるかもしれません。


ジブリッシュ自体が遊び心いっぱいな行為のため、口から出始めたときにはもう、内なるアーティストと繋がることができるのです。


よい作品にはその核に必ず遊び心があるとJuliaは言います。内なるアーティストの遊び心いっぱいのトークに耳を澄ますと、大切なもの、足りていないものが見えてくるはずです。



3】 神秘的な感覚を大事にする


アート思考はゼロからイチを生み出す作業です。Juliaは「創造的衝動の泉」を満たすには言葉だけではダメで、視覚・聴覚・味覚・触覚などの感覚に訴える魔法をアートの武器として使うとよいと言います。


例えば、お香の匂いを嗅いだり、はだしで5分間踊ったりすると創造の心がほぐれていき、神秘的な感覚に気づくことがあると言います。


ジブリッシュで内なるアーティストの声を出しながら、感じている感覚を話してみてください。

散歩をしながら「頬をなでる風がやさしくて気持ちいい~!ちょっとくすぐったい感じだな~。お、何かいい匂いがする。何だろ~?」といった具合に。


無言で歩いていたときよりも、口に出すことによって意識を感覚に集中させやすくなります。

ジブリッシュで子供のように、「わ~!」と少し大げさに驚いてみると新鮮な感性でものを見ることができて、子供の頃にしか気づけなかった神秘的な発見があるかもしれません。

ぜひ、試してみてください♡


ストアカのオンライン講座ではゼロ言語トーク(ジブリッシュ)が初めての方でもやりやすいよう、一つ一つのステップを大事に教えています。

詳しくは下記をご覧ください。







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2021年6月12日土曜日

【ジブリッシュ】合宿での気づき①:思い込みからの解放

先週末の2日間、ジブリッシュ・プロフェッショナル講座の第一回目を受講して、指導者になるための43日間続く修業の道を歩みはじめました。


毎日の課題をやり終えた後、卒業の頃にはどんな世界が待っているのか、今から楽しみです♪


アウトプットすることは最短での深い学びに繋がりますが、愛好者としてのジブリッシュから、伝える立場のジブリッシュになると、「意味がないこと」がさらに深い意味を持つようになりました。


ジブリッシュとは「意味がない言葉を話す」非言語コミュニケーションです。

でたらめな言葉で感情を表したり、人とコミュニケーションしたりします。


演劇の練習で、俳優さんが難しいセリフ回しに気をとられずに感情を表現する演技を磨くために使われたりするそうです。


ジブリッシュの効用としては、1)思考を停止して脳を休める、2)感情を解放する、3)コミュニケーション力をあげる、と一般的に言われていますが、私は一つ追加して、4)思い込みのリミッターを外す、の4つだと考えています。


想像力や表現力を高めたいクリエイターの方々だけでなく、ストレスを解消してスッキリしたい人、自由な思考でお仕事の生産性をアップしたい人、ウキウキ感を高めて人生を輝かせたい人、認知症の方とコミュニケーションする場がある方など、ジブリッシュは様々な人のお役に立つツールです。


2日間の合宿での興味深い体験と気づきを、何回かに分けてご紹介します。


まずは上記の4つめ「思い込みのリミッターを外す」に関わる体験を「言葉」と「身体」の二つの観点からお伝えします。



【言葉によるリミッターが外れる】


言葉は抽象的な概念を表せる素晴らしいツールですが、言葉によって色々なものが実は制限されてしまっているんだな~ということをジブリッシュで話してみると感じます。


例えば、道端に咲いているお花が美しいなと思って、「とても綺麗なピンク色の花」と言葉で表現したとしましょう。


誰かにそれを伝えようとした途端、頭の中で、「”とても”と言ったけれど、よく見るありふれた花だし、他の花と比べて特別に美しいかな?」などと、思考による言葉の定義が邪魔をしてきたりしませんか?


そのありふれた花を見たとき、自分はなんだかとても美しいなあと思ったのは事実なのですが、言葉にすると余計な思考が入ってきて、その時に感じた思いをそのまんま受け取れなくなっている自分がいます。


また、そのお花をじっと見つめて、何も言葉でラベリングしないで、ただありのままを見ると、「赤い花」だと思っていたのが、実は白い花びらに赤く小さな斑点が散らばってグラデーションになっていたり、雄しべや雌しべは黄色やオレンジ、さらに知らなかった絶妙なデザインを発見したりします。


黙って見つめるのもよいのですが、ジブリッシュで意味不明な言葉をつぶやきながら一つずつの発見を確認しながら行うと、頭の中にあった、ぼんやりとした発見がはっきりとした形をなしていくんです。


発している言葉はジブリッシュ「〇X△hjシsf0frウ」ですけれど、お花との会話を翻訳すると、「わ~、ピンクだと思ってたけど、白地に赤い斑点があるんだね~、すごいね」、「雄しべの花粉は黄色とオレンジのグラデーションで、ふわっふわ。よくこんなの作れたね~、大したもんだね~」といった具合です。


言葉の意味に縛られず、しかし発声することによって、自分の思考を形にする、そんなツールとして使えるのだと感じました。



【身体の動きによるリミッターが外れる】


「Motion creates emotions:動作が感情を作る」ということは『微笑みヨガ』のクラスの中でもよくお伝えしています。

笑う動作が明るい感情を作ったり、手足を体幹から話して大きく動かしたり、目線を上にあげてやった~のポーズをしたり、皆さん感情が上向きになるのを感じてくださっているので、大学での実験結果は確かにそのとおりだと思います。

Emotion creates montionsとも言われ、心と身体の動きは密接に関係していますよね。


今回の合宿の会場は高台にあり、窓を開け放つと富士山が目の前に見える、床がピカピカの、広々とした禅堂でした。

祈りが捧げられる場所に特有の清々しくも優しい空気が流れていました。

道場の情景を思い出すと「あっぱれ」という言葉が頭に浮かびます。


話しはそれますが、「あっぱれ」ってどんな意味なのだろう?私は正しく使えているのか?と思ったので、調べてみました。


「哀れ」は感動語「あは」に接尾語の「れ」が付いたもので、喜びも悲しみも全て、心の底から湧き出る感情を表す言葉。それに感動を表す「っ」が追加されて、称賛する気持ちを表す言葉として鎌倉時代より使われるようになったそうです。


私の感情をたっぷり揺さぶってくれたあの道場にぴったり。「あっぱれ」な道場でした。


話を戻しますと、その広い道場の中で、意味がない言葉をしゃべり、身体をめちゃくちゃに意味なく動かし、未だかつて誰もやったことのない、最も意味がない(=アホな)行動を自分で考えてやりました。


スピーカーに向かって、あなたはなんでここにいて、こんな形をしているんですか?と話しかけてみたり。

それが終わると気持ちよく手足を動かして踊ったりジャンプしながら移動して、また目に入ったものに接近して、また意味のないことをします。

和太鼓に向かって、今まで誰もやったことのない角度から接近して、さわさわと音をたててみたり、屏風の書に向かって、墨の滲み方のあれこれについて議論したり。


すべて思いつきで意味がないことばかり。

アホらしいことをしている自分に、可笑しみがこみあげてきて、だんだんと心地よくなってくるから不思議でした。子供心に返る、とはこういうことなのかと。


最初はアホな行動を演じている感があるのですが、だんだんと没入してくると、どんどんやりたくなってくるんです。前の行動を越える、もっとアホな行動をして、もっと自分で可笑しくなりたい、そんな感じですね。


背中を床につけて手足をバタバタさせてめちゃくちゃな動きをしていたら、新鮮な感覚が湧き上がってきました。


わけの分からない言葉をわめきながら、好きなように四肢を動かしていると、あ~、こんなこともやってもいいんだな~、と自分に許可を出したり、こうやると、なんだかウキウキするな~、などの感情が生まれたりしました。


足だって手のように動かすことができるのに、いつもは歩行のためにしか使われない。足だって遊ぶツールになれるはず。足を優雅に動かせるかやってみよう、などなど。


足は歩くものではなく、遊ぶものになってもいいんだ。

子供心に返っている私は、ちょっと嬉しい発見をしたような気分になりました。



そして帰宅後、翌朝のオンライン・ジブリッシュ朝活にて、ジブリッシュの会話の中で、足を使って感情表現をしてみました。


何名かが一緒に乗ってくれて、足を使いながらしゃべる、そんなアホなコミュニケーションができました。おそらくZOOM史上初めて、画面にたくさんの足がうごめいているアホな光景になりました。


合宿に行く前はまさか足を使おうなんて発想はありませんでした。


43日間の修業のテーマは「個性と感性を輝かす」。


もうすでに個性を出したくてしょうがなくなっている、人と同じように手振りだけで話すのでは飽き足らなくなっている自分がいました。もっと面白くする方法は何かないかしら、と探している自分がいました。


よい学びのスタートを切りました。

合宿での体験談は、また次回に続きます。


長文お読みいただき、ありがとうございます。



Photo by Fuku-chan


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