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2021年9月7日火曜日

【禅語】 自然法爾:自然(じねん)を忘れないで


【シゼンとジネンの違い】


私たちが学校で習う「自然(しぜん)」とは、山や川や海、草や木、雨や風などを表しています。この言葉は明治時代に英語のNature(ネイチャー)の翻訳として生まれた言葉だと知っていましたか?


そういえば聞いたことがあるかも、と私が思い出したのは、ジブリッシュを学ぶレクチャーの時でした。


ジブリッシュは母国語(第一言語)より前の「ゼロ言語」、あるいは「自然語(じねんご)」とも呼ばれるそうです。言語を使える人間だけでなく、自然界のどんな生き物とも話せて心を通じあえる言葉、「自然語(じねんご)」。


日本には古来から「自然(じねん)」という概念と言葉がありました。


英語のネイチャーは人間と対置する外的環境を表しますが、仏教の「自然(じねん)」とは人間もその一部分に含まれています。

つまり、人間は自然を超えた存在ではなく、自然の中に生きる一つの生き物でしかないということですね。


この自然(じねん)というキーワードは私たちが幸せに生きるうえで大事なキーワードですが、日常生活に活かすポイントを下記の3つにまとめてみました。


自然(じねん)に1)任せる、2)気づく、3)感じる


明日の『微笑みヨガ with 禅』のクラスでは、この3つについて、笑うエクササイズで味わっていこうと思います。お楽しみに!



【1:自然(じねん)の法に任せる】


今週のテーマは「自然法爾(じねんほうに)」。


「自然(じねん)」とは「自ら(みずから)然る(しかる)」、「法爾」とは法(真理)がそのままに顕在している。つまり、「自然法爾」とは人間の作意のない「そのまま」で在ることが真理(世の中の法則)である、という意味だと私は解釈しています。


この自然の法のことを原始仏教ではダンマと呼び、日本の仏教は仏さま、神道は八百万の神、キリスト教はGod、宗教色を無くすとHigher self、サムシング・グレイトと呼ばれたりもします。


親鸞はこれを阿弥陀仏と呼び、「自然法爾」を究極の理想とし、すべてのものは阿弥陀仏が示すもので、自分の力は捨て、阿弥陀仏に身を任せましょう、と説きました。


私は学校の授業で、鎌倉時代の仏教について習ったときに、自力本願の禅宗はカッコいい!と本能的に思い、一方で、他力本願の真言宗派については、念仏を唱えるだけって、、、何か農民をだましているような、胡散臭いイメージを持ちました。


でも、大人になって学びを深めた今では、親鸞の伝えたかったことが分かるような気がします。


自分自身の作意やエゴを手放して、ただただ自然の法である仏さまにお任せし、念仏を唱えて思考を停止して、心穏やかに、楽ちんに、苦しみや悩みから解放され、楽しく生きるのが理想ですよ、ということだったのかなぁと。



【2:自然(じねん)に気づく】


話しは戻りますが、古来より人間は自然(じねん)の一部なのです。


そして、自然でいるときの状態。何の作意もなく、自然に身を任せている状態、究極にリラックスしている状態が、最も人間本来の力を出せるのではないかな~と私は思います。


例えば、無理な姿勢を長く続けて身体が固くこわばっていたり、考え事をしすぎて脳が休まらなくて身体から力が抜けないときには、自律神経が正常に働かずに免疫力が下がったり、心身共にパフォーマンスが低下します。


私はタイ古式マッサージとアーユルヴェーダのオイルマッサージ(アビアンガ)の資格を持っているのですが、これらの健康法に共通するのは、身体を緩めて、身体の中の流れを止めていた原因を取り除き、身体が本来持っている機能を取り戻すことです。


私たち自身よりも、身体それ自体が元気になる方法を知っていると私は思うのですが、よ~く身体の声を聞いてみると、ちゃんとどうしたらよいのかを教えてくれます。

身体のどこをストレッチして欲しいのか?どこを触って温めて欲しいのか?

緩めてリラックスすることができる人は、身体の声を聞ける人、不調になりにくい人です。

身体の声を聞くには、自分自身の自然(じねん)に気づける感性が必要です。


もちろんリラックスして緩みっぱなしではダメで、適度なストレスも必要なのですが、私たち社会的生き物の人間は、自然(じねん)の一部であることを忘れてしまいがちです。


仕事や家庭など、社会的な役割を意識して、無理をしすぎてしまったり、もはや自然(じねん)な自分ってどんなだっけ?と思い出せなくなったりしている人も多いのではないでしょうか?


またジブリッシュの話しになってしまいますが、ゼロ言語、自然語のジブリッシュでアーダコーダとつぶやいているうちに、あ~、これやりたかったわ~と気づいたりします。


自然(じねん)とは本来の自分に気づくこと、ですね。



【3:自然(じねん)の一部であることを感じる】


そして究極のリラックスに加えて、もう一つのパワーの源が、自然(じねん)の一部であることを実感する体験ではないかと思います。


山や川や海、公園の緑の中にいるとき、草木や鳥や虫など人間以外の生き物がいる場所にいると、心が穏やかになって、元気をチャージされませんか?


太陽がキラキラ反射する水面を見るとき、夕焼けに染まる彩雲にときめくとき、風が頬をなでる感覚を楽しむとき、シンとした雪山の林の中をザクザク歩くとき、波のパワーと一体になって滑るとき、、、。


人それぞれ感性は違いますが、私にとっては自然(じねん)の一部であること、自然と共にあるという感覚が、生きている喜びに繋がっているようです。



自然法爾。


好むと好まざるにかかわらず、自然の真理は存在しています。

すべてのものは移り変わります。人間もその一部です。

この真理を受け入れると楽になりますし、今この瞬間が輝いて見えます。


自然(じねん)な自分を見失うことなく、人生を最大限に楽しんで生きたいものです♪





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2021年8月11日水曜日

【禅語】心静即身涼:全集中で対象と一体になる


暑い日々が続きますね。今年の暑さは例年より厳しいという予報だそう。去年も暑かったけど、例年よりってどれぐらい?と思いつつ、あまり深く考えずに、来るものに対しての心の準備をしましょう!

暑い時期を過ごすための言葉ではないのですが、今週の『心が軽くなる禅語で微笑みヨガ』のテーマは「心静即身涼」です。

心静即身涼(こころしずかなれば すなわちみすずし)。

この言葉を読みながら、鼻から息を細く長く吐くだけで、ちょっと涼しくなってきませんか♪


【心が対象と一体になると、、、】

「不是禅房無熱到 但能心静即身涼」(是禅房に熱到ることなきあらず 但だよく心静かなれば即ち身も涼し)という白居易の詩にある言葉です。

座禅をしている部屋で暑い熱を感じるぐらいでは、まだまだ禅定に至れていない(集中が足りていない)。対象と一体になって心が無になっていれば、暑さを感じないものだ、という意味です。

禅定(ぜんじょう)とはヨガでいうディヤーナ(Dhyana)、心が集中して対象と同一化した状態のこと。ディヤーナは八支則(8つの階段)の7番目で、8番目がサマーディ(Samadhi)悟りの境地の一つ手前です。

「暑い」という体感、つまり、現実に心が謀殺されている状態では禅定には至れない。

逆にいうと、何かに夢中になっていて、それと一体になっている状態では、暑さや寒さは感じない。

確かに、瞑想をしていて、自分の内側の感覚に深く集中していると、身体の汗ばみや、組んでいる脚の痛みなどの体感が消えてなくなってきます。瞑想を終えて元に戻ると、汗が滝のように流れていたなんてこともあります。

ヴィパッサナー瞑想の合宿の奉仕をしたときのことを思い出します。すごく暑い時期だったのですが、みなさん汗だらだらでも涼しい顔をして座っていました。

奉仕者の最大の関心事は参加者の健康管理なので、心配になって、冷たい水にレモン果汁とお塩を入れた重たいポリタンクを一日に何度も運びました。人間の身体はよくできているな~と思ったのですが、汗は身体を冷やす役割をしますし、ちゃんと水分と塩分をとって休養すれば、体調を崩すことなく過ごせるのはスゴイです。

話しを戻しますと、「禅定」の状態はスポーツだと「ゾーンに入る」、ビジネスだと「フロー」と呼ぶ状態と共通していますね。

集中して心が対象と一体化すると、すっと心が静かになって、不思議な感覚を味わうがことがあります。

かなり前の話ですが、ニセコのアンヌプリ東尾根を絶好のパウダー・コンディションで滑れるチャンスに恵まれて、大事に、最高に滑ろうと集中したのだと思います。滑りはじめて数ターンめには血圧が下がっちゃったのかなと思うぐらい静かになり、無音の世界。ワンターンずつがスローモーションに見えて、この上ない至福の感情を味わったのを今でもよく覚えています。

対象と一体化した全集中の状態、禅定、ディヤーナ、ゾーン、フロー。

鬼滅の刃の「全集中、水の呼吸」が強いのは「全集中」の力ですね。

思い通りに全集中モードに入ることができれば、普段使っていない脳の一部にスイッチが入って、思わぬ潜在能力を発揮できるのかもしれません。

 

【夏を涼しく快適に過ごすための智慧2選】

 

とはいえ、禅定を目指しても、今日始めてすぐに到達して暑さを感じなくなる、のは現実的ではないので、「心静即身涼」とは別の話になりますが、思考法とメンタルを変えるだけで涼しく過ごせる方法2つをご紹介しようと思います。

 

1】 「暑い、暑い」と言わない:ありたくないイメージを口にださない

 

自分で発した言葉は耳から聞こえて、脳に届きます。

そしてそれを聞いた脳は「暑いよね~」と繰り返します。

さらに悪いことに、だいたい頭は勝手にネガティブ方向の独り言をいいますので、「暑いよね~」⇒「不快だよね~」⇒「なんでこんな不快な思いをしなきゃいけないの~」といったように、続いていきます。

 

自分でストレス発散のために言った不快な気持ちを含んだ「暑い~」という言葉によって、再び不快な気持ちで自分を苦しめてしまうんですね。

 

またまた雪の話になりますが、春に滑りにいった八甲田山でロープウェイが強風で止まってしまったので、山頂まで歩いて登ったときのこと。

 

雪山での行動に慣れている人は登っているときに「キツイ」「辛い」「苦しい」「寒い」「暑い」などの感情表現をせずに黙々と登るのですが、パーティーの中の大人の女性で「もうやだ~、帰りたい~」「辛い~」「あとどれぐらい登るんですか~?」という人がいました。

繰り返し言うので、どんどん辛そうになっていくのが気の毒でしたが、そこまで感情表現を素直にされると、中学生を見守るように、微笑ましくもあり、皆で励ましながら楽しく登れました。

 

ただ、この人はいつもこんな感じでお仕事などをしているのなら、大変だろうなぁと少し気の毒に思いました。自分で自分を苦しめることはしないほうが楽だからです。

 

とはいえ、感情を外に出さないのもストレスが溜まるので、ため息を吐くのと同時に、ジブリッシュ(意味のない言葉)を話して外に出していくのがおススメです。

 

 

2】 涼しさにフォーカスする:ありたいイメージに意識を向ける

 

夕方のリビングで、まだ蒸し暑いなあと思いながらも、窓から入ってくる風があれば、「あ~ いい風が入ってくる~」と声に出して、ぬるい風の中にもひんやりとした感触を感じられることに意識を向けてみると、涼しさを感じられます。
ヒグラシの声に耳を傾けて、涼しげな音だな~と思うと、ちょっと涼しく感じたり。

 

身体が「涼しい~」という意識をもつと、今感じている感覚の中から、自然と涼しいと感じるものを選びだして、感じ始めるように思います。

 

先日、遮光カーテンを日中も閉めたくなるような、海をデザインした柄のものに新調したのですが、昼間は外気の熱を遮ってくれるので、部屋の中は冷たい海の中なんだという想像をして、涼しげな気分に浸っています。

 

冬になったら、この同じカーテンに寒い外気を遮ってもらって、常夏の白砂のビーチにいるような気分で、南国の温かい日差しをイメージして暖かさを感じることでしょう。

 

ありたくないイメージは口にしない、ありたいイメージに意識を向ける。

 

この二つは涼を感じる工夫というだけでなく、すべての状況で快適に過ごす役に立つと思いますので、何かの時に思い出して、やってみてください。

日常生活でさっと禅定になる、というのは難しいですが、この二つなら出来そうですね!


ではでは、暑い日々が続きますが、快適に過ごしましょう♪




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2021年7月16日金曜日

【禅語】時々勤払拭:心をピカピカに保つ


梅雨でじめっとするこの季節、鎌倉の山のほうにある自宅にも潮風が入りこむせいか、思わぬところにカビが生えたりします。木製家具の表面にうっすらとカビが生えたりして、毎年お掃除する場所が増えて悩ましいです。

 

そんなこの時期に思い出す禅語は「時々勤払拭(じじにつとめてふっしきせよ)」。

小さな汚れを早めに取り除いて、ひどくなる前に対処したいものです。

 

神秀さんという禅僧の詩「心如名鏡台(こころはめいきょうのごとし)莫使惹塵埃(
じんあいをしてひかしむることなかれ)」に続くのが「時々勤払拭」。

「心は本来は鏡のように美しい。曇らすチリはホコリは毎日、払ったり拭ったりしなさい。その積み重ねが大事です」という意味です。

お掃除についてではなくて、心についてのアドバイスなのですね。

 

先日の「心が軽くなる禅語で微笑みヨガ」ではお掃除と冷蔵庫の中チェックなどをして笑いながら、心の中のザワザワする気持ち、頭の中のモヤモヤ、目を曇らせているバイアスなどをキレイに拭い去りサッパリとして、気持ちよく呼吸しました。

 

この禅語が気づかせてくれるポイントについて3つにまとめてお伝えします。

 

 

1. 【心の中にチリやホコリをためない】

 

キッチンのコンロ周りの油汚れのように、心の中のチリやホコリも溜まっていくと、凝り固まって取れにくくなってしまいますね。

心の中のチリやホコリとは、例えばネガティブな感情、怒り、イライラ、悲しみ、不安、妬み、罪悪感など。

 

感情それ自体は悪いことはないのですが、外に出さないでため込んでしまうと、気分が落ち込んだり、自律神経を乱して体調に悪影響を及ぼしたり、後々に手に負えなくなる可能性があります。

 

抑うつ感情は上手に、こまめに解消していくのが、心を健康に、平穏に保つコツです。解消方法はご自分にあったものがよいですが、心で起きていることは頭で解決するのは難しいので、身体を使うのが手早く、かつ強力で適していると思います。

 

Motion creates emotions(動きが感情を作る)の原理で、身体や顔の表情筋を使って明るい気分に変えていきましょう。

 

個人的におススメなのは、ジブリッシュ(
意味のない言葉)で感情表現をすることです。意味がない言葉なので、安心安全に抑うつ感情を吐き出せますし、話すことで詰まっていた息が解放されて、新鮮な酸素が取り込まれます。笑いヨガで悲しそうに「あははは~」と表現するのもジブリッシュの一つです。そして十分にデトックスしてから、明るいポジティブな気分の感情表現、笑うアクションを行って、気分をポジティブへと転換していきます。

 

その他には、明るい唄を歌う、走る(たまにジャンプを入れるとポジティブ感が増します)のもよいですね。

 

 

塵や埃で曇るのは心の中だけでなくて、頭や目の汚れも要注意です。

 

頭の中に思考が渦巻いてぐるぐるすることがありますね。

 

ふと、今ここの瞬間に意識を向けてみると、ぐるぐるとした思考が頭を汚していたんだな~と気づけるかもしれません。そんなときは、さっさと思考を手放して、まっさらにしてから、考えごとをするのであれば、紙に書いて整理すると、頭が休まって、キレイな状態になります。

 

モノを見る目も汚れます。

 

人と意見が合わないとき、もしかすると、自分の目には自分のバイアス(
偏見)がかかって色がついたり、見えにくくなっているのかもしれません。相手の目になってモノを見てみたら分かりあえるかもしれません。

 

自分のバイアスで世界を見るのは悪いことではないですし、しょうがないことだと思いますが、汚れに気づいたら、キュキュッと拭いて、ニュートラルな、ありのままの世界が見えるように調整できたほうが、人生がもっと楽になるし、楽しくなるのではと思います。

 

 

 

2.【嫌なものを見て見ぬふりをしない】

 

心の中の塵や埃の中には、ネガティブ感情だけでなく、もう少し複雑なものもあります。

 

例えば、人間関係でのちょっとしたすれ違いがあった時に、波風を立てないように言いたいことをぐっと飲みこんで、そのまま放置してしまうことも、ホコリのようなものです。

 

段々と積み重なっていくと、手遅れになって関係自体が悪くなってしまうことがあります。

 

また、ネガティブ感情まではいかなくても、人とのやりとりや、自分自身の行動について、ちょっとした違和感を感じたときに、その気持ちは何なのか、何が原因で感じたものなのか、を明らかにしておくとよいですね。

 

具体的には書き出すのがおススメです。自分自身の心をメタ認知する(俯瞰で客観的に観る)ためには頭の中で考えているだけでは難しいので、文字にしてみると、意外なことに気づいたりします。

 

キレイさっぱりとした心を保つには、心の中がモヤモヤとしたその時に、なんで今私はこんな気分になっているのか、その曇らせている要因を見つけて、手遅れになれないように、早めに曇りをふき取りましょう。

 

 

3.【気づいたら、すぐアクションする】

 

先日の『微笑みヨガ』では、冷蔵庫の中で放置した瓶詰、というメタファーを使ってエクササイズをしました。

 

なんとなく気になっている、開封してから時間が経っている瓶詰。かすかに、傷んでいるかな~という思いが頭をかすめるけれど、ドアを閉める。次に開けたときに目の端にその瓶詰が入るけれど、また閉める。その繰り返しをしたとしましょう。

 

見なかった、気づいていない、というつもりでも、潜在意識はそのたびにちゃんとその感情をキャッチしているそうです。それはどんな気持ちでしょうか?

 

放置している自分に対してだらしないな~と思う気持ち、開けたらどうなっているんだろうという怖い気持ち、いつか片付けなきゃいけないな~という面倒な気持ち、かもしれません。どれもあまり持ちたくないものばかりですね。

 

最初に気づいたときに対処していれば、そんな嬉しくない気持ちを潜在意識に何度も味わわせなくてすみます。

 

なーんて、言うのは簡単ですが、行うは難し。

 

私も耳が痛いのですが、「潜在意識には見て見ぬふりは通用しなくて、ちゃんとキャッチしている」ということを覚えておこうと思います。

 

 

嫌なもの、ネガティブ感情を発生させるものにまず、気づく。

気づいたら、放置しないで、早めに対処する。

原因が取り除けなかったら、対応を考える。そして時間を置かずに行動する。

 

自分の心を最高な状態にキープするために、時々に勤めて払拭せよ。

ピカピカに輝く美しい鏡のような心に世の中を映して、人生を楽しんでまいりましょう♪



 

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2021年6月9日水曜日

【禅語】而今:今、この瞬間を生きる

今週の『微笑みヨガ with 禅』のテーマは「而今(にこん)」。 

道元禅師が中国で修行をしていたときに悟った世界観で、過去も未来もなく、実際には今しかない。つまり「今、この瞬間を生きる」という意味だそうです。 

 漢字2文字、ひらがなで3文字のシンプルで覚えやすい言葉ですね。
私たちの生活の中で意識すると深くて良い言葉だな~と思うので、4つのポイントにまとめてご紹介したいと思います。

 
1.【実際には今この瞬間しか存在しない】 

 過去も未来も今この瞬間には存在しなくて、私たちが実際に生きているのは、今この瞬間だけ。 マインドフルネスや瞑想をしているときに、本当にそうだな~と、一番よく気づけるのではないかと思います。 

 気分がちょっとせかせかしていたり、モヤモヤとした心配があったりするときに座って静かに今ここに意識をむけると、それらは実際にある感情ですが、だいたいが自分自身が作りだしている過去や未来に関連する感情であることに気づきます。

 普通に日常生活を送っていると、忘れてしまう概念なので、特にモヤモヤしたときに「而今」を思い出してみましょう。 ではどうやればいいのか、具体的なやり方はこの後でご説明します。 


 2.【今を味わうことで体験が豊かになり、人生が豊かになる】

 私たちの日常生活は7割が無意識、つまり、歯を磨こうと思ってなくても勝手に歯を磨けてしまう、いわば自動操縦モードで行われているそうです。
私は上の空で何か考えてるな〜と気づいたときには、なるべく今やっている行動に意識を戻すようにしています。 

例えば、 朝、緑地を散歩していても、気づかないうちに考え事をしていることがあるので、鼻から匂いをかいで湿った土や草の香りがするかなぁと感じてみたり、樹々の間から差し込む光が当たって輝いている葉っぱはないかなぁ、と探してみたりします。

ちょっと遊び心をもって、目に入ったものに対して「Woooow(ワ~オ)!」と驚くジェスチャーをしながら見てみると、「へ~!こんなふうになっていたんだ~」「うわっ!思っていたよりすご~くきれい~」など、動作につられて感情が豊になっていきますので、おススメです。

 意識を今に向けて今あるものをたっぷり味わうと、散歩の20分間の体験がより豊かになり、充実したお散歩だったな~と思えるんです。ぜひ試していただきたいです。

 散歩の間に考え事をするときもありますが、「〇〇を考えている」ということを意識して、思考がいろんな方向へとめどなく続くのをやめるようにします。そうしないと、本当に頭のおしゃべりはとまらなくて、どんどん進んでいってしまいます。

 私はお散歩の時間は感性を磨くために使うべきだと思っています。
 考え事は紙に書きながらするか、瞑想クッションに座って脳がふんわりとしたDMN(デフォルトモードネットワーク)になっている状態でするのが一番良い気づきを得られるように思います。

 何かをしながら、ぐるぐると思考をめぐらせるのは考えているようで、あまり意味がないこともありませんか?

 考え事が始まって今ここに起こっていることに意識が向いていないな~と思ったら、「而今=今この瞬間を生きる」を思い出して、戻ってきましょう!

 今ここには豊かな体験が待っています♡


 3.【今の連続が未来へと繋がっている】

 未来とは今この瞬間のひとつひとつが連続した先にあるものです。 私たちが未来へ影響力を及ぼせるのは「今」だけなので、「今この瞬間」に関してアクションすることしか、未来を変えられないのですよね。 

例えば、やることを先の予定表に入れることも「今この瞬間」のアクションです。
 そう考えると「今この瞬間」がとても貴重なものに思えます。 

 キレイなおうちで気持ちよく住みたいな~と思ったら、目についた汚れを今拭いてみる。 今日は時間がなかったら、週末の予定表に掃除の時間を書き込んでおく。

 いつかフランス語が話せるようになりたいな~と思ったら、YouTubeを開いて日常会話を「今」5分だけ口に出してみる、など。 

 小さな積み重ねがびっくりするぐらい違う未来をつくります。

 私は新しい習慣を生活にとり入れるようになって半年ぐらい経つのですが、習慣が人生を作るというのは本当だなぁと実感しています。 

 毎日1%改善すると指数関数的によくなっていくということが『Atomic Habits』という本に書いてあるのですが、一旦よい習慣の曲線にのると、どんどん未来がよくなっていくように思います。

 やりたいこと、なりたい状態があったら、Small Step、つまり、すごく小さな2分間でできるアクションを、今、スケジュール帳に書くことをおススメします。 

 今日、小さな一歩を踏み出すことで、未来が大きく変わります。逆にいうと、未来を変えるのは今しかないのです。 いつだって「今でしょ!」「而今」です。


 4.【お金は増やせるが時間は増やせない】

 私たちに与えられた時間は有限であることを知らない人はいませんが、お金と違って時間はあたりまえにあるので、ついつい、大事なものであることを忘れてしまいますよね。 

 ちょっとした2分ぐらいの隙間時間にスマホを開いてSNSを見たら、気になる広告があって開いたらショッピングが始まってしまい、30分も使ってしまった、とか。私はあるあるです。

 「必要な買い物だったから、、、」など自分に言い訳をしますけれど、その日のその時間をそれに使うべきだったか?という視点で考えると、うっかり使ってしまった、というのが正直なところです。

YouTubeを開くときも、時間を決めてみないと危険です。 

 お金は増やしてお金持ちになることができますが、人生の「時間」は限られ増やせないので、メンタリストDaigoさんは「時間富豪」になる方法、つまり、自分の好きなように自分の時間を使える人になる方法を語っていました。

 そういう観点で考えると「今この瞬間」がとっても貴重に思えてきますね。 

では具体的に「而今」の実践のためにやったほうがよいことをお伝えします。

ステップは次の3つです。

【1】毎日の時間の使い方を観察、把握する

アプリでも手帳でもよいですが、30分刻みで書けるスケジュール表がおススメです。
仕事だけでなく、プライベートの予定も一緒に書き込んで、どこに空き時間があるか、ぱっと見てわかるようにしておきます。

そして、実際に何をやったか、特筆すべきことを記録しておきます。
5分休憩するつもりが、30分スマホにくぎ付けになっていた、なんて実態も見えてきます。

【2】今日が素晴らしい日だった、と思える活動(ハイライト)を予定にいれる

緊急性のあるTO DOのやることリストとは別に、一つだけ、自分自身が今日一日を生きたことを満足できるだろうことの時間を記入してみてください。

例えば、リラックスできるお風呂の時間でもいいですし、一人静かにお茶とお菓子を楽しむ時間、家族や友人とお喋りする時間でも、ゲームに没頭するのでも、何でもよいです。

そして、それをやるときに、完全に「今、そこ」に集中して、味わってみてください。

毎日のハイライトには、夜眠る前に「あ~ 今日は良い一日だったな~♪」と思えそうなものを選びます。

【3】振り返る

その日のうちか、翌朝に、どんな一日だったのかを振り返ります。

自分の大事な時間について、チェックしてみるのをおススメします。

ちょっと難しい言葉になってしまいますけれど、問題解決のメソッドでOODAと呼ばれるやり方で説明すると下記のようになります。

Observe(観察)、Orient(状況判断、方針決定)、Decide(意思決定)、Act(行動)にあてはめると、こんな感じです。

-「あらら、やるはずだった予定をすっとばして、私ったら2時間もスマホを触ってたんだ~」=観察
-トイレに立つときにスマホをチェックしたのがきっかけだわ。スマホの通知に邪魔されないようにしたいな~」=状況判断&方針決定
-「スマホの通知をオフにして、夕食の片づけが終わってからスマホを見ることにしよう」=意思決定
- 明日はそれを実行できるよう、忘れないようにメモっておきます。


 SNSや動画サービスなど、時間泥棒がたくさんいますので、うっかり取られないように「而今」を忘れずに、有限な資産=時間を大事にしましょう!

 言うは易く行うは難しですが、「今この瞬間を生き」続けたいですね。 

 忘れないように覚えておくために、朝活のラフターエクササイズでは「やったー」の掛け声を「而今」に替えて、「にこん、にこん、イエーイ!」にしてみました。

「おっと、あぶない、時間をとられそう」と、まずは気づいて、「にこん、にこん、イエーイ!」、気づけてよかったね、と喜びましょう♪ 


 このブログが誰かのお役に立てたら嬉しいです。 長文を読んでいただきまして、ありがとうございます。



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2021年5月12日水曜日

【禅語】非思量:我知らずに考えをめぐらせない

今朝も鎌倉の緑地には爽やかな風が吹いていました。ゴールデンウィークから梅雨入りまでのこの時期は一年で最も過ごしやすい美しい季節なのに、コロナの感染拡大が身近な脅威に感じられるこの頃。頭の中には色々な考えが渦巻いて、ため息が出たりしますよね~。


一年前の今頃はまだ様子がよく分からなかったので、もう少し楽天的に考えられましたが、今は色々と分かってきただけに、身近な心配やワクチン接種に関する悩み、先行きの不安など、、、頭の中がぐるぐるしてもしょうがない状況です。


そこで、覚えておきたい禅語が「非思量(ひしりょう)」。

「思量」とは思いをめぐらせてあれこれ考えること。

つまり「非思量」とは考えをめぐらせていない状態のこと。

座禅の際の心の在り方を問われた薬山禅師が答えた言葉で「あらゆる雑念がなくなって心が澄み切っている状態」を意味するそうです。


頭の中でああでもない、こうでもない、とあれこれ思いをめぐらせている思考の正体とは、仏教的な観点からいうと、ブツブツと感情がわきあがっている状態、つまり、頭の中に発生している雑音、ノイズでしかないのです。


この先の文章を読むのが面倒な方は、ぜひ、頭の中がぐるぐるしたときには「非思量!」と声に出して言ってみてください。


「ぐるぐる思いをめぐらせなさんな、健康に悪いですよ」と、ニッコリ微笑んだ和尚さんが警策でポンと肩を叩いてくれるのをイメージしながら。


現代は”心“に関してだけ見てみると過酷な状況。情報が増えた分だけ、感情のアップダウンを激しく揺さぶられる経験させられている私たちにとって、禅の教えはナイスなアドバイスをくれます。



【あれこれ考えないほうがよい理由とは?】


では、なぜ今の私たちにとって「非思量」な状態がよいのでしょうか?

主な理由は2つあります。


ヒトの脳は20万年前、狩猟採取の時代からほとんど進化していないのだそう。


ヒトは一日に無意識を含めると6万回思考していて、そのうちの8割がネガティブな思考だといいます。太古の暮らしでは、新しい道を通るときには野生動物に襲われる危険が潜んでいないかどうか考えたり、風向きが変われば嵐がやってきてひどい目にあうんじゃないかと考えたり、生命を守り維持するための危険を察知して回避するため、ネガティブな思考は最重要だったのですね。


ですので、一つめの理由は、私たちの頭の中にわいてくる思考はかなりの割合でネガティブになりがちだから。現代でもネガティブな状況を想定することで、失敗しないための対策を立てることができたり、もちろん必要な思考ではあります。しかし、行き過ぎると心配や不安で気が滅入ってやることがおろそかになったり、臆病になって行動できなくなったり、どうせできないと自己効力感が下がってしまったり、脳の好き放題にまかせて、ぐるぐると思考をめぐらせるのは避けたほうがよいのです。


考えごとをするときも“選択と集中”ですね。


考えをめぐらせている内容に気づいて、自分にとって不要な思考、有害な思考は手放す。

脳に任せて頭に浮かぶことをブツブツ考えるのではなく、自分にとってためになる、ポジティブな結果につながる思考を選んで思いや考えをめぐらせる。そう心得ておきたいものです。


二つめの理由、それは「脳が休まらないから」です。


私たちの脳のスペックは狩猟時代と変わらないのに、現代の情報量はすさまじく増えて、寝ても疲れがとれない脳疲労といわれる症状が増えているといいます。


現代人の一日に受け取る情報量は江戸時代の人々が受け取る一年分の量だそう。

情報による刺激が多い分、脳が休まらないのは無理もないですね。

意識的に考えないようにして、脳を休めて回復させてあげたいものです。



【あれこれ考えないでいられる方法とは?】


では、具体的にどうすれば「非思量」な状態になれるのでしょうか?


簡単にできる方法があります。

動いているものを観察する、いわゆるマインドフルネスや瞑想です。


過去でも未来でもなく、今、ここで、動いているものに意識を向けます。


意識を向ける対象は何でもよいですが、おススメは呼吸。
吸う息、吐く息だけでなく、呼吸に伴って上下に動いている胸やお腹でも構いません。

初めてそれを見るように、好奇心をもって観察します。どんなふうに動いているのか、どんな感覚があるのか。大きな粗雑な感覚から、どんどん微細な感覚に気づいていけるようになると、瞑想そのものが楽しくなって、思考の量が自然と減ってきます。


静かに呼吸を観察するのは苦手、という方は呼吸をカウントしてもよいです。

1,2,3,4で吸って、1,2,3,4,5,6で吐くと、吐く息が長くなるので副交感神経が優位になり、リラックスしてどっしりと落ち着いた気持ちになれます。


微細な感覚には気づきにくくはなりますが、呼吸を使った瞑想は家事などをしながらでもやりやすく、呼気と吸気のバランスで自律神経を調節できるメリットがあります。


吸う息と吐く息にあわせて、心の中で言葉を唱えるのも素敵です。

私が好きなのはRobert先生に教わったやり方で、吸うときに「Pure」吐くときに「Love」と心で思います。

純粋無垢:Pureな空気を吸い、吐く息とともにLove:愛を放出するイメージをしながら気持ちよ~くお掃除をすると、自分の心の中までキレイになるような気がします。


呼吸だけでなく、今ここで動いているものなら、なんでも観察の対象になります。


歩行瞑想は少しゆっくりめに歩いて、足がかかとからついて、つま先が離れるところまで、足に意識をしっかりと、でもふわっと向けて、感覚を感じながら歩きます。


お皿を洗いながら、拭き掃除をしながらマインドフルネスもよいです。

マインドフルに食べるのもすごくいいですよ!これについては別の機会にまた書こうと思います。


たくさん書いてしまいましたが、これらのマインドフルネスや瞑想をやりながら、「頭の中に浮かんだ考えに気づく」のがポイントです。

目的は「考えをめぐらせない」ことですが、いきなり無念無想になれないですし、ならなくてよいのです。


「あ、考えてた」と頭の中でブツブツいいはじめた思考に気づく、これが超重要ポイントです!

気づけたらしめたもの。もう考えの中にはまり込んでいる状態から抜け出せています。


「はいはい、こんなことを考えてたのね~。お疲れさま」といったん認めてあげて、「バイバ~イ」と箒で掃くように、頭の外へ手放していきます。


「雑念が浮かんで集中できずに瞑想できなかった」という方がいらっしゃいますが、雑念OK!むしろウェルカムです。浮かんだ思考に気づいて捕獲、手放す、という作業に意味があり、そこから自分の思考、想念を俯瞰で観れる力を育てていけるからです。



【実際にできるようになるには?】


ずばり、この一連の作業を実践するのみです。

なぜ僧侶が修行をするかというと、実践することでしか得られないからですよね。


泳げるようになりたい人が、泳ぎ方について書いてある本を何度も読んで、泳ぎ方をしっかり分かったつもりでも、実際には泳げませんよね?

水の中に入って手や足を動かして、息継ぎをしてみて、初めて「ああ、こうやったら泳げるんだ」と分かって、泳げるようになります。


瞑想やマインドフルネスで「思いや考えをめぐらせない:非思量」の状態になるためには、短い時間でよいので、毎日やってみるのがよいと思います。


やったり、やらなかったりすると、そのうちにやること自体を忘れてしまうので、毎日やるルーティーンとセットにするのがおススメです。


朝歯磨きをしたらキッチンの椅子に座って2分瞑想する、昼食後のお皿洗いは必ずマインドフルに行う、午後のティータイムの後は5分歩行瞑想をする、など、自分でやりやすいものを決めて習慣にすると継続しやすいです。


この記事が誰かのお役に立てたら嬉しいです。





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2021年3月24日水曜日

自己肯定感をあげて、自分を困らせる人から身を守る方法


人と関わるからもっと楽しい、もっと嬉しくなることがある一方で、人間関係がうまくいかないとき、それが悩みに変わると、なかなか厄介なものです。


今朝のオンライン『自己肯定感をあげる微笑みヨガ』には、参加者の方から人間関係のお悩みを寄せていただきました。


その人と関わらざるをえない状況があって、嫌がらせをされたり、ほかの人に悪口を言われたり、辛い思いをされているそうです。


それほど困難な状況でなくても、上司やクライアントさんに「あの人ちょっと苦手だな~」という人がいたり、「あの人の一言でいつも気分が悪くなっちゃうのよね~」という場合があったりしますよね。


そこで自分を困らせる人に対処するための3つのポイントをお伝えします。



【1】   人を変わらせることに注力するより、まずは自分を変えてみる


困ったことをするのをやめてほしい、と思ったら、まずは伝えるのがよいですが、言えない、言いにくい場合もありますね。


嫌がらせする人の心理は屈折していますので、伝えてもやめてくれなかった場合には、関わらないのが一番です。関わらないと相手もつまらなくなってやめてくれる場合もあります。


課題の分離といいますが、自分の意志で変えられない課題(イシュー)に関しては、悩んでも無駄です。だって自分では変えられないのですから。


すっぱりと手放して、自分が変えられる、自分自身の考え方、感じ方、行動を変えます。


 

【2】本当にそうなのか、疑ってみる


悪口や嫌がらせが自分自身が思っているほど、たくさんあるのか?あの人はわざと私を困らせようとしているのか?


本当に?本当にそうなのだろうか?と、疑ってみることをおススメします。


まったくゼロではないにせよ、自分自身の意識の中で頻度や量を膨らませていたり、嫌がらせをされているという認知バイアスが働いていたりする可能性もあります。


例えば、こそこそ話しをされていて、悪口を言われていると感じていても、もしかしたら自分の話しではないかもしれないですよね。


今朝は“暗闇の蛇”で笑うエクササイズをしたのですが、“疑心暗鬼“という言葉がありますよね。自分の心が暗闇の中に鬼を見せるのです。


闇を恐れて怖がる気持ちによって、縄を蛇と見間違え、怖がっているのかもしれません。


あんなに「嫌だな~」「怖いな~」と思っていた人や酷い仕打ちも、灯りで照らしてみたら、「なーんだ、こんなものだったのか~」ということもあるかもしれません。


事実を客観的にとらえてみましょう。

 


【3】見る高さ、角度を変えてみる。


今朝のエクササイズでは、胸の中のモヤモヤから、嫌なことをする、自分を困らせる相手をぽこっと取り出して、手のひらに乗せてみました。


自分がどんどん高みに登って上から見つめると、まあ、相手のなんと小さいことか。「あら~、ちっちゃいわね~」と笑ってみてください。


次に困ったことをする相手を見下ろして、「まあ、しょうがないわね~」という気持ちで笑います。


そして、困らせてくれたお礼として、手のひらの上でコロコロと転がして遊んでみながら、色々な角度から見つめてみます。


もしかすると、その人も何か辛い事情があるのかもしれません。誰かにされた嫌なことのはけ口を自分に向けているだけなのかも。


角度を変えてみると、その人は怖い人、嫌な人ではなく、ただ可哀そうな人、人に辛くあたることでかろうじて自分を保っている悲しみであふれた人なのかもしれません。



それでは、具体的にどのような対策をすればよいでしょうか?



【対策1】   自己肯定感をあげる


自己肯定感は時間や出来事によって揺らぐものです。


ショックをうけたり、悲しみに包まれたときには、あなた自身の自己肯定感は下がっていることが多いです。


心ない言葉を言われたり、仲間外れにされたりしたら、自尊感情(生きているだけで私には価値がある)、自己受容感(どんな私でもOK)を増やしましょう。


仕事のミスをなじられたら、自己効力感(私には出来る)、自己信頼感(私は大丈夫)を増やしましょう。


仮にそのミスで仕事場の誰かに迷惑をかけてしまったとしても、自己有用感(私は役に立っている)をすべて否定される必要はありません。その仕事ではミスってしまいましたが、他のところであなたが役に立っている点をあげてみましょう。


自己肯定感をあげる具体的な方法は色々ありますが、例えば「私はできる、できる、できる、イエ〜イ」、お腹や胸を撫でながら「私は大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、イエ〜イ」など、自分を励ます声かけとポーズをセットで行うとよいですね。

ポーズするときは手と足を体幹から遠ざけると、自信が湧きますので、試してみてください。



自分の思いや出来事を書くことも効果的です。

視覚の効果を考えると、より自由に描くために、紙に2色ペンを使って書くのがよいです。


書くことで客観的見れて事実を整理できますし、「だよね〜」と認めて「がんばってるね〜」と褒めてあげることはとっても大事なこと。


赤ペンを使って、小さな進歩や良かったところなどに、たくさん花まるをつけてあげましょう!

赤ペンは書いている私とは別の第三者の視点で書き込みます。赤ペン先生ですね。

たくさん褒められて、自己肯定感が増えていくのを実感できます。


また、今日あった小さな喜びや嬉しいことを書き出してください。天気がよかった。ごはんが美味しかった、など何でもOKです。

生きているだけで価値がある、自尊感情が増えていきます。



【対策2】瞑想を習慣にする


マインドフルネスや瞑想を、1日に2分間でもよいので習慣化するとよいです。

束の間でも自分自身に向きあう時間、頭の中の妄想に気づくのは大切です。


客観視する練習を重ねることで、何か嫌なことがあっても、立ち直りが早くなります。


自分の内側を静かに感じてみると、嫌な気分、辛い気分、悲しい気分は確かに自分の中にあることに気づくと思います。


まずはそれを優しく受けとめて、「そうだよね~」「無理もないよね~」と認めてあげてください。よしよし、と声をかけるような気持ちで。


同時に、今ここにあるその気分は、自分が感じているものなんだな~、ということに気づいてみてください。誰かから差し出されたのではなく、自分が作り出している感情です。


確かに嫌な思いはさせられたけれど、今この瞬間に、それを感じているのは、あなた自身が自分で行っていること。今それを感じる必要はありません。その思いは不要です。さっぱりと手放しましょう。


さらに時間があれば、その思いを感じていた場所に小さな金色の光が生れたのをイメージします。

光がどんどん強くなっていって、白く輝いていき、身体全体が光に満たされて、毛穴から外に放射されて自分が光りを放って輝いているイメージをしてみてください。


ちっぽけな黒い力がやってきても白く強い光で焼き尽くし、自分は輝き続ける、そんな力強さを感じられます。



今朝のクラスでは、苦手な人との関係性を良くする“子どもの瞑想”をやりました。

チベット瞑想の一つで、苦手な人の小さい時をイメージして、困って泣いているその子に慈悲を与える瞑想です。


これを続けていると、不思議とその人に対する意識が変わり、自分の意識が変わると相手の行動も変容していくのが面白いです。慈悲や愛は伝わるのですね。



上述した手のひらの上で小さな困らせる人を転がすエクササイズでは、ジョウロに入れた愛情のシャワーをその人にたっぷりかけてあげました。


意地悪をしてくる人は何か満たされない願望や愛情を得たいと思っていることがあります。


そんなの出来ないよ、と言われそうですけれど、慈悲の気持ち、愛を与えてあげられたら最強です。

自分の自己肯定感もさらにあがっていくことでしょう。


このブログが誰かのお役に立てたら嬉しいです。


Photo: 今朝の鎌倉の山桜。満開まであともう少し



 

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2021年3月14日日曜日

【禅語】一笑千山青: 靄がはれて見えてくるもの



今週のテーマは「一笑千山青(一笑すれば千山青し)」。


『リーダーの禅語』の著者である曹洞宗の住職、枡野俊明氏の言葉をお借りすると、「悟りきってしまえば、目の前の世界が開け、すべてが生き生きと蘇る」という意味の禅語です。


イメージは、目の前にかかる靄を「わっはっは」と笑い飛ばし、青々とした山がくっきりと見えてくる。「千山」は仏さまのメッセージの象徴だそうです。



【目の前にかかる靄の正体】


目の前にかかっているモヤモヤしたものとは、心配、不安、最悪のシナリオや、認知バイアス、つまり色眼鏡、なども含まれると私は解釈しています。


人間は一日に6万回思考していて、生命維持の本能によって、その8割はネガティブな思考だそうなので、靄がかかるのもしょうがないですね。

それらが靄のように立ち込めて、重苦しい、暗い気分になっている状態。


でも、靄の正体は水蒸気。実は頭の中で作り出しているだけかもしれません。


それらを笑う勢いで吹き飛ばすと、だんだんと本当に大事なものが見えてくる。


枡野氏は“困難に遭遇してもくよくよ悩まずに、あっはっはと笑い飛ばし、大所高所から物事を俯瞰で見て判断できるリーダーこそが一流である”と述べています。


確かに、小さな困難であたふたしたり、悩んだりするリーダーよりは、どーんと構えている、メンタルが強くて冷静に判断できる人についていきたいですよね。


リーダーに限らず、細事にとらわれずに、視座が高くて視野が広いことは、すべての人が成功する上での秘訣ですし、幸せを感じて生きるコツではないかと私は思います。


小さなことに一喜一憂して、メンタルをアップダウンさせるよりは、どーんと構えて、ちょっと困ったことがあっても「あらら~ しょうがないね~」と苦笑いをして、「まあ、なんとかしましょう!」と笑ったほうが、よいパフォーマンスができますし、何より心が苦しまずに楽になり、健康によいです。



【見えてくる青い山々】


枡野氏は“「なんとかなるさ」と笑う余裕が現状を打開する道を開く”と述べています。


”困難な状況で、無理をしてでも笑うと、頭の大部分を占めていた小さな悩みや不安が吹き飛び、モヤモヤが晴れて、進むべき道がくっきりと見えてくる”と。


脳科学的にも、笑っている状態は思考を巡らせることができないため、悩みや不安の思考ループから抜け出す作用があります。


そして”Motion creates Emotion”の原則で、腰に手をあてたり、両手を上にあげて笑ったりすると、ポジティブな感情が生まれてきます。


ポジティブな感情が、ピンチを切り抜けることができるかもしれないという自信を生んで、だったら〇〇してみたらうまくいくかもしれない、という打開策を生み出すんですね。


困っている時の人間は背中が丸くなり、身体の中心を守るように肩を内側に寄せて、腕を身体に巻き付けたりします。


そんな風に自分がなっているのを発見したら、ぜひ、腰に手をあてて、胸をそらせて、「あーっはっはっは」と笑って試してみてください。



【私の過去の体験談】


私が笑いヨガと出会ったのは、自分の気持ちが落ち込んで、ヨガや瞑想をしても回復できないのを感じたときに、困難な状態をどうにか良くしたくて、無理にでも笑ってみようと思ったのがきっかけです。


当時、仕事場が移転して、窓が開かない高層ビルに入居した環境の変化や職場での様々なストレスが重なって、もともと持っていたドライアイの症状がどんどん酷くなりました。

考えらえる限りの治療をすべて試してみたのですが良くならず、ひどい時にはオフィスに3時間ぐらい居るのが限界で、湿度の多い自宅で勤務する日も増えました。


インターネットでドライアイの治療法を調べまくるなかで、レーシック難民と呼ばれる人たちが重度のドライアイを患い、その後の人生が台無しになったという情報を知りました。

私は10年ほど前にレーシックの手術をしていたので、すべての治療法をやりつくした時、もう私はエアコンのついている空間の中でパソコン作業をする仕事はできない可能性が高いなあという不安が実感に変わりました。


屋外の作業で、目を使わない仕事で私にできる職業って何がある?そうなったら収入はどうなる?家のローンも残っているし、扶養の娘の大学進学でこれからたくさんお金が必要になるかもしれないのに、と考えだすと、不安と心配で押しつぶされそうになりました。


もう目の前がモヤモヤだらけの状態。

近所の鎌倉山のラフターヨガ・クラブのドアを叩き、皆さんと一緒に笑ってみました。


最初の頃の身体の反応はすごかったです。

楽しい気分で笑っているのに、涙がポロポロとこぼれました。

リラクゼーションの時間はいつもボロボロと大泣きでした。


今思うと感情の浄化作用なのですが、その頃はわけもわからず、「悲しいわけじゃなくて、楽しいんですけどね。大丈夫ですから」と周りの皆さんに言い訳をして、大泣きしていたのを覚えています。


そんな身体の反応にびっくりしつつも、その時は、目の病気を患っていると思っていたので、自分自身がストレスが原因で自律神経のバランスを崩して、涙が出なくなっているということに気づきませんでした。


その後は笑う習慣を身につけたので、不思議と「なんとかなるさ」という軽い気分になり、今の仕事ができないなら、その時にどうすればよいか考えればよい、と楽な気持ちになり、涙も普通の人並みに出るように回復しました。



【笑って仏性に気づく】


笑い声で靄がはれ、青々とみえてくる「千山」とは「仏さまのメッセージ」の象徴。


先日、笑い瞑想をして体験した境地は、仏さまのメッセージの一つだったのだな~と思い出されます。


心の底から笑っていると、だんだんと不要なものが剥がれ落ちていって、人間の本質的な幸せのようなものがあるのを感じます。


困難な状況でなくても、普段の日常生活の中で、たくさん笑っていると、見えてくる大切なものがあるように思います。


一笑すれば千山青し。


笑って自分自身の仏性に気づいていきましょう♪


写真:今朝のお散歩で、昨日の大雨で散った桜の花々が落ちていました。

桜が頭上で咲いていることに気づかなかったので、びっくり。

桜には可哀そうですが、綺麗でした。ありがとう。お花にも仏性を感じます。





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2021年2月8日月曜日

【禅語】慈眼:慈しみの眼差しは幸福をよぶ

 目は心の鏡、と言います。

初対面の人でも目をあわせてみると、だいたいどんな方なのか想像がついたりしますね。


そして、愛情にあふれて、何でも包み込んでくれる大きな心、慈しみの心を持っている人の目は、ず~っと見ていたくなるほど、心地よいものです。


慈しみの波動がその目からあふれているからでしょう。


最近、毎日のように動画で見ている師の目はまさに慈眼。その目に優しく励まされ、この目なりたいな~と、目標にしています♡


そういえば、かつて、ヨガの師匠が国に帰ってしまって新たな先生を探していた時、ばったり会った久しぶりの友人が、「今度この方の講演を聞きにいくのよ~」といって鞄から出した本の表紙にプラユキ師の笑顔がありました。


なんとも優しい目で笑っていらして、この人に習おうと思いました。この笑顔はブッダ(悟った人)だ、とピンときたからです。

私が師として尊敬する方々は皆、慈しみがあふれ出る目をしています。


さて、今週の『微笑みヨガ with 禅』のテーマは「慈眼(じげん)」。


「慈眼視衆生(じげんじしゅじょう)福聚海無量(ふくじゅかいむりょう)」


観音経にある言葉で、「観音様は思いやりの眼で私たちを見てくださっている。そのように生きれば、幸福が集まってきて無限の海のようになる」という意味だそう。


宗教画のような光輝く海原が目に浮かんできますが、仏教や禅はファンタジーではなく、とっても現実的。
「慈眼」は日常生活において、実際に幸福を呼び寄せますので、ポイントを3つに絞ってお伝えします。



【1】慈しみの眼で他人を見ると、自分自信にもよいことがある


自分の目にフィルターがついていることには、なかなか気づきにくいものです。

否定的、批判的な心で他人を見ていると、よくないな~、ダメだよな~と思うところばかりが目につくようになります。


家族や親しい人だと、つい、ダメだしをしてしまったり、その人を否定するような声がけにつながりますね。


逆に相手のすべてを肯定して、広く優しい慈しみの心で見つめていると、よいところ、できるところがたくさん目に入ってきます。


そして、「〇〇なところが、とてもよいね~」「〇〇が素晴らしいね~」といった肯定的な声がけが自然に生まれます。


慈しみの眼で相手を見ることは、もちろん相手のためになりますが、その人の短所を見てイライラしたり、がっかりしたりするよりは、長所に注目して、ニッコリ微笑んで、褒めてあげたり、喜んだりするほうが、ご自身の精神衛生によいですし、愛情ホルモンのオキシトシンが分泌したり、一緒になって喜んで幸せホルモンのエンドルフィンが出たり、メリットが多くあります。



【2】慈しみの眼で見ると、相手の立場から多面的にものごとを捉えられるようになる


例えば、誰か身近な人に、何か言われたくない嫌な言葉を言われたとしましょう。

それに対して、まずは腹が立ったり、悲しくなったり、マイナスな感情が生まれますね。


そして、その次ですが、そんな相手に対して、優しい慈しみの心が持てたとしたら、どうなるでしょうか?


言われた言葉が、いわゆる”小言“だとしたら。


わかってるけど、やれてないだけ。そんなのは自分が一番わかってるんだから、あえて言わないでよ。腹が立つ。というのが普通のパターン。


しかし、慈しみの眼で相手をみることができたら、「ちょっと言い方がキツイのは嫌だったけれど、私の悪いクセを直してほしいと願ってくれている。私を愛してくれているからね~」と思えるかもしれません。

すると、お腹の中で燃えていた怒りの炎がす~っと小さくなりますね。


「心に怒りを持っているのは、燃えている薪を投げ返そうと思って抱きしめているのと同じ」とブッダは言ったそうです。

腹が立ったら、自分の心が焦げてしまわないうちに、さっさと怒りを手放したいものです。


言われた言葉が、いわゆる“嫌味”だったとしたら。


感じ悪~い、ひどい~、あんな風に言わなくても、、、と悲しくて悔しくて泣けてきたとしたら、慈悲の眼で相手を見てみます。


それが、自分に対するひがみや妬みからくるものなら、「なんてかわいそうな人なんだろう。私が優れているから、ひがんでいるのね~」「あんな言い方はひどいけれど、まあ、せいぜい言わせてあげましょう。許してあげる~」と思えるかもしれません。


大きな心、慈しみにあふれた慈悲の心で相手を見ることができると、その言葉を言ってしまった相手の立場から状況を見て、相手の気持ちを想像してみることができます。

そして、さっさと許して、ネガティブな感情を手放しましょう。



【2】自分自身のことも、慈しみの眼で見つめよう


人は無意識を含めると、一日に6万回も思考していて、そのうちの8割がネガティブな言葉だそうです。

その中には自分に対しての厳しい言葉や、自己否定的な言葉が含まれている可能性は高いですよね。


「おまえは〇〇ができない。」「おまえは△△がダメだ。」と、毎日、毎日、他人から声をかけられていたら精神を病んでしまいますよね。

同じことを自分自身にしていないかどうか、要チェックです!


一番大事な相棒である、内なる自分に言われていたら、他人から言われるより、さらにショックですよね。声に出したら言えない酷い言葉さえも、無意識のうちに脳内で繰り返しているかもしれません。

自分を傷つけるような声かけはやめましょう。


おススメなのは、マインドフルネスや瞑想です。

脳のおしゃべりをピタッと止めることができます。


最初はよくしゃべるな~と、脳のおしゃべりを見つめるだけでOK。見つめて気づけるだけでも、大進歩です。


どんどん思考が浮かんでくるので、確認したら、箒で掃くようにしてサッと捨てます。

それを何度も繰り返していると、静か~な、平穏で心地よい、安心安全な空間ができます。


そして次に、今ここにある感覚、浮かんでくる感情などを優しい気持ちでうけとめて、慈しみの心を自分自信に向けます。


なんでもOK。ありのままでOK。

ただ、ここに生きているだけで、OK。


わちゃわちゃと脳内でしゃべっていた内なる自分が静かになり、愛と慈悲の気持ちで優しく包まれると、至福の癒しとなり、リフレッシュできます。


自分を癒した後は、さらに一歩進んで、慈悲の瞑想、メッターバーバナがおススメです。

自分も含まれる、ありとあらゆる、すべてに対して、慈しみの心を捧げる瞑想です。


「すべての生きとし生けるもの、目に見えるもの、見えないものが、苦しみから解放されますように。心の平穏を得られますように。この愛と光が届きますように。」


そう心の中で唱えながら、慈しみの光を送ります。


夜、寝る前に行うと、何とも幸せな満ち足りた気持ちで眠りにつけます。

ぜひ、お試しください♪


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感謝☆




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2021年2月2日火曜日

自己肯定感は自分で高めることができる、最強の武器

今週の水曜日から「自己肯定感」を高めることを目的とした朝活を始めます。

 

実は私自信、「自己肯定感」という言葉は知っているし、自己肯定感は高いから大丈夫と思っていました。

ですが、中島輝先生に学ぶ機会があり、自己肯定感の量は一定ではなく、その時々で揺らいで変化していること、6つに分類できて、自分にも少し弱いな~と思う部分があること、などを知りました。

 

何より、自己肯定感を高く保ち続けることができれば、身を守る防護服になり、未来を切り開く強力な武器になり、生産性がめちゃ上がりして、いいことずくめだな~と。

 

そして、私が『微笑みヨガ』で教えている内容は、まさにこの自己肯定感を増やすためのワークと同じではないか、と気づきました。

 

ちょうど今朝、中島先生の公式LINEメッセージに自己肯定感を高めるための「プチ習慣」が掲載されていたので、一部をご紹介させていただきます。

 

“朝のプチ習慣:「ヤッター!」のポーズ:顔を上向きにして両こぶしを頭上に突き上げ、「ヤッター」のポーズを取る。「血流が良くなり、気持ちも前向きに」

 

昼のプチ習慣:落ち込んだときはトイレでセルフハグ。「仕事で落ち込んでネガティブになったときは8秒間、自分を抱きしめて深呼吸を。精神的安定や幸福感をもたらすホルモンが分泌され、気持ちが上向きに。自分に優しくなれます」“

 

私の朝活でやっている「ヤッター、イエ~イ!」のポーズ、深呼吸とセルフコンパッションの瞑想と重なります。

 

そもそもの『微笑みヨガ』に自己肯定感アップの効用があるのですが、今週から始まる『自己肯定感をあげる微笑みヨガ』で行う内容について、自己肯定感の6つの要素のうちの土台、木に例えると自尊感情(根)、自己受容感(幹)、自己効力感(枝)の3つに絞ってご紹介します。



 

【1】     自尊感情:自分には価値がある

 

あなたがこの世に生まれて、ここにいる、そのことに素晴らしい価値があります。

そしてHappiness is a birthright. 誰でも幸せになる権利があります。

 

このことを左脳ではなくて右脳で分かり、胸(ハート)で感じて、腹(丹田)に落とすには、笑うエクササイズが役にたちます。

 

私って「ラッキ~」「幸せ~」「愛されてる~」「お役にたってる~」と自分をほめたり、感謝したり、お互いに褒めあって笑っていると、脳内ホルモンが分泌して、自尊の心が増えていきます。

 

「根拠のない自信こそが、絶対的な自信である」

哲学者のエマソンの言葉だそうです。なるほど~と思いました。

 

確かに、何かの根拠に基づいていると、崩れることがあるでしょう。

 

笑うエクササイズに基づいた根拠のない自信。絶対的な自信ですね!

 

 

 

【2】     自己受容:ありのままの自分を認める

 

何かができても、できなくても、OK。よいところ、ちょっと足りてないところ、それもみんなOK。私の大好きなマントラに「It’s OK.」というのがあります。

 

とても美しいパワフルな言葉です。

 

I am enough.」「It’s OK.

 

本当にその通りです。何かあるごとに、何度も繰り返すのがおススメです。

 

これも頭では分かったつもりになっていても、腹落ちして自分のものにするのは、なかなか難しいですよね。

 

笑うエクササイズでは失敗した設定の中で「やっちゃった~」と“困った笑い”をします。

そして、そんな自分にもOKを出して笑います。

また、失敗したことによって何らかの気づきを得られるので、その発見を喜んで笑います。

 

逆に、成功した設定の中で、すっごく嬉しい、すっごく楽しい、そういった感情を素直に表現して笑い、味わうことも行います。


大人になると感情の表現を抑えてしまいがちで、知らず知らずに喜びの感情に鈍感になってしまうものです。


 自分自身の感情を左脳(理性)に邪魔されずに、子供のように右脳(感情)にまかせて表現し、そんなのびのびした自分を受けいれると、自己受容の器が少し大きくなる、そんな感じがいたします。

 

 

瞑想では今ここにある、そのままの感覚を見つめます。

 

そこにあるものが良いとか、悪いとか、判断はせずに、ただ見つめ、それがあることに気づきます。そして、その感覚を優しく抱きしめて、仲良くなる、そんなイメージで行います。

 

 

【3】     自己効力感:自分にはできると思う

 

困難の壁にぶちあたったときに、「自分にはこの壁を超える力や技術がある」と思える力、それが自己効力感です。

 

これがあると、超えられると思っているから、「どうすれば超えることができるだろう」と超える手段や方法を考えはじめ、「きっとこうすれば超えられるはず」という自信をもって、壁を登る行動を始めます。

 

逆に、壁を見たときに「絶対超えられない、無理だ」と思う、つまり自己効力感が無い状況であれば、思考は停止し、行動もできません。

 

笑うエクササイズでは「私、スゴ~イ」と胸を張って笑ったり、「いいね~」「すごいね~」「さすがだね~」と仲間に対して“ほめ笑い”をしたりします。

 

人をほめるワークも、自分の脳は自分が褒められているように感じるので、しっかりと役に立っているんです。

 

話しはそれますが、ご家族やお仕事の同僚など、身近にいる方がよい行いをしたときに、小さなことでも、ほめる習慣をつけることをおススメします。

 

 

瞑想では具体的に何かを成し遂げるイメージ瞑想をすることもあります。

また、お腹(丹田)にあるエネルギーが回る場所(マニプーラ・チャクラ)を意識してガッツ、やる気、頑張れる気力を沸かせたり、胴体の一番下にあるムーラダーラ・チャクラを活性化して大地にしっかりと根を張って、揺るぎのない土台を感じる瞑想を行ったりします。

 

 

以上になります。

ちなみに中島先生による自己肯定感の6つの要素のうちの残りの3つは、自己信頼感、自己決定感、自己有用感です。

 

 

自己肯定感の量は変わるし、時々で揺れ動くと冒頭に書きましたが、先日、それを実感しました。

 

朝から色々なことがうまく回っていて、満ち足りた、自信あふれる気分で過ごしていたのですが、夕方に、まったく予想していなかった少し残念なメールが友人から届きました。

 

予想外な内容だったので、なぜこんな反応をさせてしまったのだろうか、自分の落ち度について考えはじめ、あれかもしれない、これかもしれない、いやいや深く考えすぎで先方は何とも思っておらず取り越し苦労かも、いやいや申し訳ないことをしたのかも、とぐるぐると考えがめぐりました。

 

寝る時間になる前にはその件は腑に落として思考は止んだのですが、小さなメールによって、自己肯定感がぐらぐらと揺れるのを見ました。

 

自己肯定感、奥が深いです。

 

朝活でみなさんと一緒に、私自身も揺らがない、どっしりとした自己肯定感の木を育んでいきます。楽しみです~♪

・2月3日(水) 08:00〜



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2021年1月26日火曜日

【禅語】薫習:師のよい香りに包まれて影響をうけ、自らもよい香りを漂わせよう

昨年の今頃までは、仕事場や行きつけのカフェ、電車の中などで、多くの他人に接して生活していましたが、最近はオンライン以外では家族としか接していない、という方が増えたのではないかと思います。

 

ちょっと寂しい状況ではありますが、逆にいうと、職場などで決められた誰かと一緒に長い時間を過ごさなくてよくなった今こそ、「薫習(くんじゅう)」のチャンス到来、かもしれません。

 

今週のクラスのテーマ「薫習」について、ポイントを2つに分けてお伝えしたいと思います。

 

1】師のよい香りに包まれて、よい影響を受けよう

 

「薫習」の「薫」は「かおる、匂いがする」という字ですが、よい香りの中にいれば、気づかないうちによい香りが自分の体に染みついてしまうように、「優れた人の近くにいると、知らないうちに、自分も優れた人になれる」という意味の言葉です。

 

匂いって知らないうちに、移りますよね。

クリスマスケーキの白い生クリームに、飾りの苺の香りが染み込んでいて、びっくりしたことがありました。焼肉を食べにいくと、服が煙の臭いになります。

 

この人は素敵だなあ、この人のこの部分は学びたいなあ、と感じる人がいたら、その人はその分野で優れている、あなたの先生、師匠、メンターです。

 

その人の放つよい香りに包まれて生活してみるのはいかがでしょうか?

つまり、その人を身近に感じて、よい影響を受けるのです。

 

その人が友人だったら、オンラインで連絡をとって、メッセージのやりとりやおしゃべりをしてみる。その人の素晴らしいところに改めて気づくだけでなく、バーチャルですが同じ空間を共有することで、知らず知らず、その人のよい影響を自分が受け取るかもしれません。

 

その人が有名人であれば、その人の写真を飾ったり、その人の書いた本を近くに置いておいて、ちょこちょこと読んで、その人の思考を身近に感じてみる。

 

その人のポッドキャストを聞いたり、動画があるなら、例えば、朝歯磨きをするときに観て、その人が発するバイブレーションを感じてから一日をスタートする。

 

自分の生活の中に、色々な意味で見習いたい人、そうなりたい人、つまりあなたの師が居る空間・時間を作りだして、じわじわとよい影響を受ける作戦です。


実はこれ、私が最近やっていることなんですが、効果が目に見えるようにでてきています♪

 

さて、逆の例もちょっと考えてみましょう。

嫌な臭いも染みついてしまいますよね~。

居酒屋さんに行った翌朝、上着に誰かのたばこの臭いが染みついていたり。すごくがっかりするやつですね。(外出自粛の今では、ちょっと懐かしいエピソードですがw。)

 

例えば、自分は影響されないと思っていても、ネガティブな思考や言動をする人たちに囲まれていたら、知らず知らずに自分にも染み込んでしまっているかもしれません。

 

もしそんな人がいる職場にお勤めだったとしたら、今はとてもラッキーな時期ですね。

 

人との関わりが少ない今こそ、自分の周りを素晴らしい人が放つ、良い香りで満たして、良いい影響を受けようではありませんか。

 

 

2】思いや行いは習慣となり、心の奥底に影響を与える

 

「薫習」という言葉が教えてくれる、もう一つの大事なこと。

いつもお香を焚いていると、お部屋の中のものにも香りが染みついてしまうように、「人の思考や行動は、知らず知らず、習慣となって心の奥底まで影響を与える」のです。

 

つまり、お香の香りが他の物にその香りを移して、いつまでも残るように、自らの考えや行いは、それがなくなった後でも、心の中に染みついてしまい、習慣として残ります。

 

普段どんなふうに考えて、どんなふうに行動するか、がいつのまにか、心の習慣として確立されてしまい、それが、よくも悪くも心に影響を及ぼしてしまうんですね。

 

例えば、毎日、ジョギングや筋トレをして、栄養バランスのよい食事を摂る習慣がある人は、免疫力の高い、強い身体を作れますよね。

考え方や行動も、同じような習慣となり、心を作ります。

 

「どうせ、だめだろう」「自分にはできない」といつも考え、「失敗するから」「めんどうだから」“やらない”ことをいつも選んでいると、その習慣が弱い心を作ります。

 

「きっと、うまくいく」「私にはできる」といつも考え、「チャレンジしてみたいから」「面白そうだから」“やる”ことをいつも選んでいると、その習慣が強い心を作ります。


ベストセラーには「7つの習慣」や「習慣がすべて」など、習慣がその人を作ることについて書かれた本が多いですよね。


その思考や行動が作りあげた習慣は、匂いとして、その人の周りにも漂うのではないでしょうか?

 

一緒にいるだけで、なんとなく明るい気分になる人。元気をくれる人、安心感をくれる人。

よい香りを放つ人になりたいものです。

 

それには、考え方や行動を変える。

 

一気にごっそりと変えることはできないので、一つずつ。

 

まずはマインドフルに、気づくことから。

 

「あ、今、どうせだめだろう、って思ったな」と気づく。

そうしたら、「本当に?」ともう一度考えてみる。

 

One step at a time.

まずは小さな一歩から。


そして、一歩前に出た!と、すご~く喜んで、自分をほめてください。

小さな変化が積み重なって、1年後にはものすごく進化して、素敵なよい香りがあなたの周りに漂っています♪

  

これを読んでくださった誰かに、私の想いが届いたら嬉しいです。

 




 

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2021年1月13日水曜日

【禅語】把手共行:誰かと手を繋いでいれば、前に進める

新年早々に緊急事態宣言。このコロナ渦で実際に人と手をつなぐのは難しいご時世ですね。

でも、この大変な時だからこそ、心の中で、共に手をとりあって励ましあい、前に進みたいものです。


今朝のオンラインクラスのテーマは「把手共行(はしゅきょうこう)」。

文字の通り、手と手をつないで、共に前に進むという意味です。


このシンプルな禅語は、コロナ渦の変化の激しい世の中を生きていくうえで、自己肯定感を高めて力になってくれる最強ワードの一つだと思います。

私なりの解釈で、3つのポイントでお伝えします。


【1】手をつないで、一緒に歩んでくれる誰かを“自分の中に持つ”


誰かが、つまずかないように手をつないでくれている。

隣にいる、と思うだけで、安心安全な気持ちになりますね。

そして、歩幅を合わせて一緒に進んでくれるのです。

嬉しいですよね。


情景を頭に思い描いてみると、美しい光景ですね~♪


手をとってくれる誰かとは、友人や家族、といった実在の人物に限りません。


「把手共行」とは本来は、自分の中にある仏性、つまり“本当の自分”、大いなる存在、神と言ってもよいと思いますが、自分の中の仏様と手をとり、歩調を合わせて進むという意味だそうです。


仏様と手をつないで歩いているので、自分の歩みが止まってしまったら、優しく手をひいてくれたり、逆に、早く歩いて息が切れそうになっていたら、スローダウンさせたりしてくれるかもしれません。


マラソンのペーサーの役割ですね。一緒に走ってくれるから、ゴールまで完走できます。


また、雪山で遭難しかけた友人が実際に見たと言っていましたが、サードマンと呼ばれる存在にもなってくれるでしょう。

サードマン現象とは、身体が生命の危機に陥った時に、脳がその頼りになる誰か(サードマン)が近くにいる映像を見せてくれ、自分自身に安心感と希望を与え、生き延びるための行動を起こさせるそうです。


「把手共行」で手をつなぐ自分の内なる誰かとは、転倒しそうになった時に支えてくれて、歩みが遅くなったらペーサーになってくれ、危機的状況ではサードマンになってくれる、そんな誰かなのだと思います。


「自分はひとりじゃない」と思うだけで、すごく自信が湧いて、前に進んで歩こうという勇気が湧いてきますよね。その誰かを自分自身の中に感じて、持ってしまうのです。しかもその誰かが、仏様や神、大いなる存在であれば最強です!


並んで手をつないでくれているのですから、大丈夫だよ、OKだよ~、と承認してくれている。こんな安心なことはありませんね。


コロナで外出や他人との接触が減って、自宅にいる時間が長くなった方が多いのではと思います。昨年から何度も言ってしまいますが、今は自分の内側にベクトルを向けて、自分自身と向き合うチャンスです。


生きていて何か満たされない、苦しいと思う原因の一つに、“本当の自分”と離れてしまっている、ということがあります。


“本当の自分“は〇〇したいのに、、、と分かっている場合もありますし、どんなことを望んでいるのか漠然としてわからない場合もありますし、そもそも”本当の自分”がいることに気がつかない場合もあると思います。


自分の中の“本当の自分”に意識を向けて、理解し、その人と手をつないで共に人生を歩んでいけたらよいですね。


【2】手をつないでくれる、メンターをもつ


先に述べたように、誰かが手をつないでくれるのは、転ばぬ杖、ペーサー、サードマンの役割など、本当に心強いものです。


メンターは実際に会話ができる人でなくても、憧れの人でもよいと思います。その人が手をつないでくれていると心に感じながら生活してみます。


私はメンターの笑顔の写真を毎日目につく場所に飾っています。

その人が優しい眼差しで語っている短い動画をちょっとした隙間時間に観ています。

その人が応援してくれている、私の進歩を喜んでくれている、そう思うだけで、行動が変わってくるから不思議です。



【3】誰かと手をつないだら、同じ高さの目線で、一緒に歩く


共に手をとって歩むということは、同じ高さの目線で歩くということです。

上から見下ろすのではなく、下からでもなく、同じ高さです。


相手の立場になって、“同じ目線”で景色を眺めながら、“一緒に”歩きます。


パートナー、お子さん、親御さんと共に前に進みたいと思ったら、優しく手をとって、相手の目線でものごとを観て、一緒に並んで歩くイメージをするとよいですね。


例えば、宿題をやらないで遊んでいるお子さんに、「宿題やりなさい!」と上から声をかけるのではなく、「何して遊んでいるの~?」と声をかけて、今どんな気分なのかを聞いて楽しい気持ちを一緒に喜ぶ。そして本人に宿題の存在を思い出させて、本人が自らやろうと決めて、宿題を始めるのを見守ります。


最初は時間がかかるように感じますが、何回かリピートするうちに、「何して遊んでるの~?」と聞くだけで、宿題のことを思い出して自らやり始める思考回路ができていきます。


パートナーや友人がちょっとしんどい状況にあったら、相手と同じ立場、目線になって、「へー、そうなんだ~」と話しを聞くだけでも、私はあなたと手をつないでいるよ、という安心感は伝わりますね。


相手が歩くのをやめて止まってしまっていたら、手をつないでいるだけで、よいと思います。ひっぱらなくても。歩く元気がでるまで、手を握ってあげましょう。



把手共行。

私はひとりじゃない。

自分の中の仏様と手をつないでいる。

メンターが手をつないでくれている。

大切なあの人の手を私がつないでいる。


そう思うだけで勇気が湧いてきますね!

大丈夫。前に進める。そう思えます。

 

今朝は笑うエクササイズと瞑想で、手をつないでくれる誰かの存在を感じました。


どんなやり方でもよいので、ちょっと意識してみると、自己肯定感が高まって、素晴らしい未来に向かって進んでいけます♪







 

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2020年12月21日月曜日

【禅語】看々臘月尽:ぼんやりしないで、一日を大事に

 

今週水曜のクラスのテーマは、年の瀬にぴったりな禅語、「看々臘月尽(みよみよ ろうげつ つく)」。

 

「看々(みよみよ)」は良く見なさい、「臘月(ろうげつ)」は十二月の別名、「尽く」は終わって無くなる、という意味です。

 

つまり、文字通りには、

 

「あっというまに十二月が終わってしまいますよ。ぼんやりしないで、一日一日を大事にしなさい。」と言っています。

 

また「臘月」は、一年の終わりの12月だけでなく、一生の終わりという意味も含んでいます。私たちの人生は、誰であっても、刻一刻と終わりへ向かっています。

 

「十二月があっという間に終わるのと同じように、人生もあっという間に終わってしまいますよ。ぼんやり生きないで、自分の日々の生活をよく見つめて大事に生きなさい。」

 

そんな意味の言葉です。深いですね~。

「看々臘月尽」、たった5文字の漢字、「みよみよろうげつつく」、たった10文字のひらがなは、こんな深い真理に気づかせてくれます。

 

「なるほど~。意味はわかった。じゃあ、具体的にどうすれば、”日々の生活をよく見つめて大事に生きられる”のよ?」と思いますよね。

 

方法は色々とあると思いますが、私が実践してみて、これはイイ!と思ったやり方をご紹介したいと思います。基本は書籍『Make Time(時間術大全)』のやり方ですが、少しだけ自己流にアレンジしています。

 

手順は以下の3つです。

 

【1】         朝一に本日のTo doのハイライト “KMY”を書き出す

【2】         一番面倒なものを朝の早い時間に集中してやる

【3】         一日を振り返って達成感を味わい、未完のTo doは明日以降のページに繰り越す

 

詳しくは下記でご説明します。

 

【1】     朝一に本日のTo doのハイライト “KMY”を書き出す

 

「今日も素晴らしい一日をやり終えたな~」という感想とともに眠りにつく、そのために必要な大事な作業です。

 

満足な一日の積み重ねが、満足な一年、満足な人生、につながるので、一日単位で充実させていくことがカギになります。また一週間より一日のほうがタスクから逃げられないですし、やれなかった/やらなかったとしても、やらなかったという事実を見る、それに気づくチャンスととらえます。

 

このリストアップは、なるべく早い時間帯にやるのがおススメです。

朝バタバタして、お昼頃に書くこともありますが、なるはやで今日のハイライトを頭に入れておくと、一日が断然、有意義に進みます。理由は【3】でお伝えします。

 

ハイライト=ピカーンと光が当たっている、本日の優先順位が高いやること、です。

私はメモ的にその他の小さなTo doも書いたりもしますが、メインのハイライトは1~3つまでに絞り、実行可能なものにします。

 

私はなるべく、設定するときに、KMYのそれぞれが、なるべく1つずつ入るようにします。

 

K:緊急性(今日絶対にやったほうがよいこと)

M:満足感(やることで充実感があり、私よくやった、えらいね~とほめたくなること)

Y:喜び(楽し~!嬉しい~!と感じること)

 

Kの緊急性が優先されることが多いですが、Mの満足感、Yの喜びも加えたハイライトを設定して、リストをこなしていくと、「あ~ 今日はいい一日だったな~」という実感がわいてきます。

 

というのは、一般的なTo doの優先順位にあるKの緊急性ばりやっていても、心の深い奥底からの満足や、喜びは感じられない一日になってしまうと思うからです。

 

実際の比重はどうしてもKM>Yになりがちですが、ちょっとしたことでよいので、M(満足感)とY(喜び)のTo doを加えます。

 

Kが自由になる時間の大半を占めていて、MYをする時間なんてないよ~という日のハイライトを例えば挙げるとすると、

 

K:〇〇の仕事を今日中に仕上げる

M:気分があがるエクササイズ動画にあわせて筋トレを15分やる

Y:バスタイムをアロマとキャンドル付きにしてリラックスする

 

というように、小さなMYを追加するのです。

 

もし、このMがないと、「あ~ 運動しなくて仕事ばかりの一日だったたな~」という感想になりますが、書いておくだけで、スキマ時間にちゃちゃっと筋トレして、「お、仕事で忙しかったけれど、身体もちょっと疲れてるし、充実した一日だったな~」となります。

 

もし、このYがないと、「あ~ 仕事ばっかりの一日で自分の時間がなかったな~」となりますが、お風呂の時間をスペシャルにするだけで、「自分のためのゆったりとした時間を楽しめて、幸せな一日だったな~」と、リラックスしてよい眠りにつけます。

 

もちろんKMY全部できない日もありますが、KだけでなくてMもY必要なことを、毎日意識するだけで、日々の質、クオリティが高まっていきます。

 

 

【2】     一番大変・面倒なものは早い時間に。ハイライトは集中してやる。

 

ハイライトを決めたら、集中してやるのがポイントです。

 

朝の時間が一番脳が働きやすいので、ついつい夜まで先送りしたくなる気持ちを抑えて、どうせ今日一日の中のどこかの時間を使ってやるんだったら、今が一番効率がよい!今でしょ!と自分に言い聞かせて、短時間で終わらせるために、集中力を高めて取り組みます。

 

そして、Yの”喜び”のTo doは、例えば「家族と一緒に過ごす時間を楽しむ」など、意識しないと他のタスクに邪魔されがちですが、決めたら必ずやりましょう。

 

「あ~ 素晴らしい一日だったな~」と眠りにつくために、必要です。

 

 

【3】     一日を振り返って達成感を味わう、未完は明日のTo doに繰り越す

 

本日のハイライトのリストは日中、常に目につく場所に置いておき、やり終わったらチェックします。

 

目に入る=頭がやらなきゃと思う、という効果があるので、ノートは開けっぱなしにして、頻繁にちらりと見ます。

 

そして、完了したチェックは派手につけましょう!

 

やり終えたら「Done!」とか「Good job!」とか“ハナマル”をつけて自分をほめ、達成感を味わいます。

 

そして一日の終わり、寝る前に、ハイライトのリストを振り返ります。

 

全部チェックが入る日々が続くと、快感になり、次の日もやりたくなります。

 

全部できない日もありますが、残ってしまったタスクは明日に回し、それでも「まあ、OK。よくやった」と思うことは忘れずに。

 

私は早く寝たくて、この振り返りをやらないことがあるのですが、しっかりと今日一日のやりたかったことと、実際やったこと、やらなかったことを見比べて、なぜできなかったのか、どうしたら明日はできるのか、を考えるのは有意義な作業です。

 

振り返りのときには、さらに、本日の進歩、今日できるようになったこと、前に進んでいると実感できるエピソードをメモります。どんなに小さいことでもよいです。

 

ポジティブ心理学のタル教授によると、日々の自分自身の進歩や成長、今日感じた誰かや何かへの感謝の気持ちをノートに記録し、感じることは、幸福(Wellbeing)を手に入れるための手段となります。

 

 

いかがでしたでしょうか?

 

もし、ちょっとでも面白そうだな~と思ったら、ぜひ3日ぐらい試しにやってみてください。その日にちょっと頑張ればできそうな、なるべく軽めのタスクをハイライトすることから初めてみると、達成感が得られて楽しく取り組めると思います。

 

このブログが誰かのお役にたてたら嬉しいです♪




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