”笑いと気づきの呼吸体操”
身体は元気に、心はポジティブに
人間関係も改善
  • “今、ここ”の“あるがまま”に気づき、受けとめ、手放す。人生という川が楽に流れていく
  • 不要な思考や感情を手放すと、頭は空のように澄み渡り、心は地平線へと広がっていく
  • ”楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ”。右脳が活性化、幸せホルモンが分泌
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2021年6月12日土曜日

【ジブリッシュ】合宿での気づき①:思い込みからの解放

先週末の2日間、ジブリッシュ・プロフェッショナル講座の第一回目を受講して、指導者になるための43日間続く修業の道を歩みはじめました。


毎日の課題をやり終えた後、卒業の頃にはどんな世界が待っているのか、今から楽しみです♪


アウトプットすることは最短での深い学びに繋がりますが、愛好者としてのジブリッシュから、伝える立場のジブリッシュになると、「意味がないこと」がさらに深い意味を持つようになりました。


ジブリッシュとは「意味がない言葉を話す」非言語コミュニケーションです。

でたらめな言葉で感情を表したり、人とコミュニケーションしたりします。


演劇の練習で、俳優さんが難しいセリフ回しに気をとられずに感情を表現する演技を磨くために使われたりするそうです。


ジブリッシュの効用としては、1)思考を停止して脳を休める、2)感情を解放する、3)コミュニケーション力をあげる、と一般的に言われていますが、私は一つ追加して、4)思い込みのリミッターを外す、の4つだと考えています。


想像力や表現力を高めたいクリエイターの方々だけでなく、ストレスを解消してスッキリしたい人、自由な思考でお仕事の生産性をアップしたい人、ウキウキ感を高めて人生を輝かせたい人、認知症の方とコミュニケーションする場がある方など、ジブリッシュは様々な人のお役に立つツールです。


2日間の合宿での興味深い体験と気づきを、何回かに分けてご紹介します。


まずは上記の4つめ「思い込みのリミッターを外す」に関わる体験を「言葉」と「身体」の二つの観点からお伝えします。



【言葉によるリミッターが外れる】


言葉は抽象的な概念を表せる素晴らしいツールですが、言葉によって色々なものが実は制限されてしまっているんだな~ということをジブリッシュで話してみると感じます。


例えば、道端に咲いているお花が美しいなと思って、「とても綺麗なピンク色の花」と言葉で表現したとしましょう。


誰かにそれを伝えようとした途端、頭の中で、「”とても”と言ったけれど、よく見るありふれた花だし、他の花と比べて特別に美しいかな?」などと、思考による言葉の定義が邪魔をしてきたりしませんか?


そのありふれた花を見たとき、自分はなんだかとても美しいなあと思ったのは事実なのですが、言葉にすると余計な思考が入ってきて、その時に感じた思いをそのまんま受け取れなくなっている自分がいます。


また、そのお花をじっと見つめて、何も言葉でラベリングしないで、ただありのままを見ると、「赤い花」だと思っていたのが、実は白い花びらに赤く小さな斑点が散らばってグラデーションになっていたり、雄しべや雌しべは黄色やオレンジ、さらに知らなかった絶妙なデザインを発見したりします。


黙って見つめるのもよいのですが、ジブリッシュで意味不明な言葉をつぶやきながら一つずつの発見を確認しながら行うと、頭の中にあった、ぼんやりとした発見がはっきりとした形をなしていくんです。


発している言葉はジブリッシュ「〇X△hjシsf0frウ」ですけれど、お花との会話を翻訳すると、「わ~、ピンクだと思ってたけど、白地に赤い斑点があるんだね~、すごいね」、「雄しべの花粉は黄色とオレンジのグラデーションで、ふわっふわ。よくこんなの作れたね~、大したもんだね~」といった具合です。


言葉の意味に縛られず、しかし発声することによって、自分の思考を形にする、そんなツールとして使えるのだと感じました。



【身体の動きによるリミッターが外れる】


「Motion creates emotions:動作が感情を作る」ということは『微笑みヨガ』のクラスの中でもよくお伝えしています。

笑う動作が明るい感情を作ったり、手足を体幹から話して大きく動かしたり、目線を上にあげてやった~のポーズをしたり、皆さん感情が上向きになるのを感じてくださっているので、大学での実験結果は確かにそのとおりだと思います。

Emotion creates montionsとも言われ、心と身体の動きは密接に関係していますよね。


今回の合宿の会場は高台にあり、窓を開け放つと富士山が目の前に見える、床がピカピカの、広々とした禅堂でした。

祈りが捧げられる場所に特有の清々しくも優しい空気が流れていました。

道場の情景を思い出すと「あっぱれ」という言葉が頭に浮かびます。


話しはそれますが、「あっぱれ」ってどんな意味なのだろう?私は正しく使えているのか?と思ったので、調べてみました。


「哀れ」は感動語「あは」に接尾語の「れ」が付いたもので、喜びも悲しみも全て、心の底から湧き出る感情を表す言葉。それに感動を表す「っ」が追加されて、称賛する気持ちを表す言葉として鎌倉時代より使われるようになったそうです。


私の感情をたっぷり揺さぶってくれたあの道場にぴったり。「あっぱれ」な道場でした。


話を戻しますと、その広い道場の中で、意味がない言葉をしゃべり、身体をめちゃくちゃに意味なく動かし、未だかつて誰もやったことのない、最も意味がない(=アホな)行動を自分で考えてやりました。


スピーカーに向かって、あなたはなんでここにいて、こんな形をしているんですか?と話しかけてみたり。

それが終わると気持ちよく手足を動かして踊ったりジャンプしながら移動して、また目に入ったものに接近して、また意味のないことをします。

和太鼓に向かって、今まで誰もやったことのない角度から接近して、さわさわと音をたててみたり、屏風の書に向かって、墨の滲み方のあれこれについて議論したり。


すべて思いつきで意味がないことばかり。

アホらしいことをしている自分に、可笑しみがこみあげてきて、だんだんと心地よくなってくるから不思議でした。子供心に返る、とはこういうことなのかと。


最初はアホな行動を演じている感があるのですが、だんだんと没入してくると、どんどんやりたくなってくるんです。前の行動を越える、もっとアホな行動をして、もっと自分で可笑しくなりたい、そんな感じですね。


背中を床につけて手足をバタバタさせてめちゃくちゃな動きをしていたら、新鮮な感覚が湧き上がってきました。


わけの分からない言葉をわめきながら、好きなように四肢を動かしていると、あ~、こんなこともやってもいいんだな~、と自分に許可を出したり、こうやると、なんだかウキウキするな~、などの感情が生まれたりしました。


足だって手のように動かすことができるのに、いつもは歩行のためにしか使われない。足だって遊ぶツールになれるはず。足を優雅に動かせるかやってみよう、などなど。


足は歩くものではなく、遊ぶものになってもいいんだ。

子供心に返っている私は、ちょっと嬉しい発見をしたような気分になりました。



そして帰宅後、翌朝のオンライン・ジブリッシュ朝活にて、ジブリッシュの会話の中で、足を使って感情表現をしてみました。


何名かが一緒に乗ってくれて、足を使いながらしゃべる、そんなアホなコミュニケーションができました。おそらくZOOM史上初めて、画面にたくさんの足がうごめいているアホな光景になりました。


合宿に行く前はまさか足を使おうなんて発想はありませんでした。


43日間の修業のテーマは「個性と感性を輝かす」。


もうすでに個性を出したくてしょうがなくなっている、人と同じように手振りだけで話すのでは飽き足らなくなっている自分がいました。もっと面白くする方法は何かないかしら、と探している自分がいました。


よい学びのスタートを切りました。

合宿での体験談は、また次回に続きます。


長文お読みいただき、ありがとうございます。



Photo by Fuku-chan


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2021年5月12日水曜日

【禅語】非思量:我知らずに考えをめぐらせない

今朝も鎌倉の緑地には爽やかな風が吹いていました。ゴールデンウィークから梅雨入りまでのこの時期は一年で最も過ごしやすい美しい季節なのに、コロナの感染拡大が身近な脅威に感じられるこの頃。頭の中には色々な考えが渦巻いて、ため息が出たりしますよね~。


一年前の今頃はまだ様子がよく分からなかったので、もう少し楽天的に考えられましたが、今は色々と分かってきただけに、身近な心配やワクチン接種に関する悩み、先行きの不安など、、、頭の中がぐるぐるしてもしょうがない状況です。


そこで、覚えておきたい禅語が「非思量(ひしりょう)」。

「思量」とは思いをめぐらせてあれこれ考えること。

つまり「非思量」とは考えをめぐらせていない状態のこと。

座禅の際の心の在り方を問われた薬山禅師が答えた言葉で「あらゆる雑念がなくなって心が澄み切っている状態」を意味するそうです。


頭の中でああでもない、こうでもない、とあれこれ思いをめぐらせている思考の正体とは、仏教的な観点からいうと、ブツブツと感情がわきあがっている状態、つまり、頭の中に発生している雑音、ノイズでしかないのです。


この先の文章を読むのが面倒な方は、ぜひ、頭の中がぐるぐるしたときには「非思量!」と声に出して言ってみてください。


「ぐるぐる思いをめぐらせなさんな、健康に悪いですよ」と、ニッコリ微笑んだ和尚さんが警策でポンと肩を叩いてくれるのをイメージしながら。


現代は”心“に関してだけ見てみると過酷な状況。情報が増えた分だけ、感情のアップダウンを激しく揺さぶられる経験させられている私たちにとって、禅の教えはナイスなアドバイスをくれます。



【あれこれ考えないほうがよい理由とは?】


では、なぜ今の私たちにとって「非思量」な状態がよいのでしょうか?

主な理由は2つあります。


ヒトの脳は20万年前、狩猟採取の時代からほとんど進化していないのだそう。


ヒトは一日に無意識を含めると6万回思考していて、そのうちの8割がネガティブな思考だといいます。太古の暮らしでは、新しい道を通るときには野生動物に襲われる危険が潜んでいないかどうか考えたり、風向きが変われば嵐がやってきてひどい目にあうんじゃないかと考えたり、生命を守り維持するための危険を察知して回避するため、ネガティブな思考は最重要だったのですね。


ですので、一つめの理由は、私たちの頭の中にわいてくる思考はかなりの割合でネガティブになりがちだから。現代でもネガティブな状況を想定することで、失敗しないための対策を立てることができたり、もちろん必要な思考ではあります。しかし、行き過ぎると心配や不安で気が滅入ってやることがおろそかになったり、臆病になって行動できなくなったり、どうせできないと自己効力感が下がってしまったり、脳の好き放題にまかせて、ぐるぐると思考をめぐらせるのは避けたほうがよいのです。


考えごとをするときも“選択と集中”ですね。


考えをめぐらせている内容に気づいて、自分にとって不要な思考、有害な思考は手放す。

脳に任せて頭に浮かぶことをブツブツ考えるのではなく、自分にとってためになる、ポジティブな結果につながる思考を選んで思いや考えをめぐらせる。そう心得ておきたいものです。


二つめの理由、それは「脳が休まらないから」です。


私たちの脳のスペックは狩猟時代と変わらないのに、現代の情報量はすさまじく増えて、寝ても疲れがとれない脳疲労といわれる症状が増えているといいます。


現代人の一日に受け取る情報量は江戸時代の人々が受け取る一年分の量だそう。

情報による刺激が多い分、脳が休まらないのは無理もないですね。

意識的に考えないようにして、脳を休めて回復させてあげたいものです。



【あれこれ考えないでいられる方法とは?】


では、具体的にどうすれば「非思量」な状態になれるのでしょうか?


簡単にできる方法があります。

動いているものを観察する、いわゆるマインドフルネスや瞑想です。


過去でも未来でもなく、今、ここで、動いているものに意識を向けます。


意識を向ける対象は何でもよいですが、おススメは呼吸。
吸う息、吐く息だけでなく、呼吸に伴って上下に動いている胸やお腹でも構いません。

初めてそれを見るように、好奇心をもって観察します。どんなふうに動いているのか、どんな感覚があるのか。大きな粗雑な感覚から、どんどん微細な感覚に気づいていけるようになると、瞑想そのものが楽しくなって、思考の量が自然と減ってきます。


静かに呼吸を観察するのは苦手、という方は呼吸をカウントしてもよいです。

1,2,3,4で吸って、1,2,3,4,5,6で吐くと、吐く息が長くなるので副交感神経が優位になり、リラックスしてどっしりと落ち着いた気持ちになれます。


微細な感覚には気づきにくくはなりますが、呼吸を使った瞑想は家事などをしながらでもやりやすく、呼気と吸気のバランスで自律神経を調節できるメリットがあります。


吸う息と吐く息にあわせて、心の中で言葉を唱えるのも素敵です。

私が好きなのはRobert先生に教わったやり方で、吸うときに「Pure」吐くときに「Love」と心で思います。

純粋無垢:Pureな空気を吸い、吐く息とともにLove:愛を放出するイメージをしながら気持ちよ~くお掃除をすると、自分の心の中までキレイになるような気がします。


呼吸だけでなく、今ここで動いているものなら、なんでも観察の対象になります。


歩行瞑想は少しゆっくりめに歩いて、足がかかとからついて、つま先が離れるところまで、足に意識をしっかりと、でもふわっと向けて、感覚を感じながら歩きます。


お皿を洗いながら、拭き掃除をしながらマインドフルネスもよいです。

マインドフルに食べるのもすごくいいですよ!これについては別の機会にまた書こうと思います。


たくさん書いてしまいましたが、これらのマインドフルネスや瞑想をやりながら、「頭の中に浮かんだ考えに気づく」のがポイントです。

目的は「考えをめぐらせない」ことですが、いきなり無念無想になれないですし、ならなくてよいのです。


「あ、考えてた」と頭の中でブツブツいいはじめた思考に気づく、これが超重要ポイントです!

気づけたらしめたもの。もう考えの中にはまり込んでいる状態から抜け出せています。


「はいはい、こんなことを考えてたのね~。お疲れさま」といったん認めてあげて、「バイバ~イ」と箒で掃くように、頭の外へ手放していきます。


「雑念が浮かんで集中できずに瞑想できなかった」という方がいらっしゃいますが、雑念OK!むしろウェルカムです。浮かんだ思考に気づいて捕獲、手放す、という作業に意味があり、そこから自分の思考、想念を俯瞰で観れる力を育てていけるからです。



【実際にできるようになるには?】


ずばり、この一連の作業を実践するのみです。

なぜ僧侶が修行をするかというと、実践することでしか得られないからですよね。


泳げるようになりたい人が、泳ぎ方について書いてある本を何度も読んで、泳ぎ方をしっかり分かったつもりでも、実際には泳げませんよね?

水の中に入って手や足を動かして、息継ぎをしてみて、初めて「ああ、こうやったら泳げるんだ」と分かって、泳げるようになります。


瞑想やマインドフルネスで「思いや考えをめぐらせない:非思量」の状態になるためには、短い時間でよいので、毎日やってみるのがよいと思います。


やったり、やらなかったりすると、そのうちにやること自体を忘れてしまうので、毎日やるルーティーンとセットにするのがおススメです。


朝歯磨きをしたらキッチンの椅子に座って2分瞑想する、昼食後のお皿洗いは必ずマインドフルに行う、午後のティータイムの後は5分歩行瞑想をする、など、自分でやりやすいものを決めて習慣にすると継続しやすいです。


この記事が誰かのお役に立てたら嬉しいです。





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2021年4月13日火曜日

【禅語】 歩歩是道場:素直な心が日常を学びの場にする

「歩歩是道場(ほほこれどうじょう)」という言葉をご存じですか?

茶室の床の間の掛け軸に飾られていそうな、ピリッとした禅語ですね。


修行する場所(道場)は特別なところに行かなくても、歩いているその一歩一歩、普段の生活の行動や言動の中に修行の場はある。そういう意味だそうです。

 

修行場所を探すお坊さんが維摩居士という人に出会って、道場の場所を尋ねたところ、「直心是道場(じきしんこれどうじょう)」と答えたのがこの言葉の元になっているそう。

 

直心とはまっすぐな、素直な心。つまり「素直な心を持っていれば、いつでも、どこでも修行の場になる」。修行はどこででもできて、場所などは関係ない。普段何気なく行っていることの中にこそ学びがある、そんな意味なのですね。

 


【日常生活は学びの場】

特別な場所に行ったり、先生についたりしなくても、日常生活の中、周囲がすべて学びの場であるのなら、そこから得られること、学ぶべきことをしっかりとキャッチして、自分を磨いていきたいですね。

 

日常の生活や仕事の中、人間関係などのちょっと難しいな~ということがあるとき。それにどうやって対処するか考え、解決できたときには、自分が磨かれて、ひとつ成長していますよね。

 

つまり、小さなお悩みがあるときは「あ、学びがやってきた」と思ってみましょう。


お悩みがあると、背骨は丸まり、肘でお腹を抱え込むような姿勢になりますね。そこであえて、腰に手をあてて、「また自分が磨かれるチャンスがきちゃったね~」とウエルカムではないんだけれど、いいものが来ちゃった、しょうがないよね~、という気持ちで、親指を立てながら、眉毛は八の字のままで困った笑顔を作ってみます。

 

実際は困っているんだけれども、学べているな~と思うだけで、ちょと気持ちが明るくなります。そんな困っている自分をジェスチャーして客観的に見るだけでも当事者ではなくなって、少し軽やかな気分になりますよ♪ ぜひ、試してみてください。

お悩みが深くなると、眉間にシワがよってしまいますので、笑顔はお顔にもよいですしね。

 

そして日常生活の中の修行、お悩みをクリアできたときには、やったーと喜びましょう!

 

あーよかった。私ってすごい。学んで成長した。困難をくれた〇〇、ありがとう!

そんな気持ちになれたら、自己肯定感が高まって、次に同じような困難にぶちあったときには、それを困難だと感じなくなっています。

 

例えば、日常生活の中でちょっと嫌なことがあったとき、今嫌だな~と感じたな、と気づく。何がそうさせているのだろう、と考えてみて、その原因に気づいてみましょう。そしてそれを解消する方法を考えてみます。

 

もしかすると、自分の感じ方を変えるだけで次には起こらずにすむかもしれないし、その場所にいかなければよいかもしれないし、違う方法を選んでさけられるかもしれないし、、、何かいい案が浮かぶかもしれません。

 

日常生活の小さなことに気づいて、快=心地よいこと、は存分に味わって「幸せだな~」と思う、不快=心地よくないこと、は上記の方法で解消していく。そしてどんどん快適な、幸せな生活を送っていきましょう♪

 

 

【素直な心が学びを生む】

 

「直心是道場」の直心、素直な心。ありのままを観れる、受けとめられる、バイアスのかかっていない心ですね。これってすごーく大事です。

 

この言葉は考えれば考えるほど、深いな~と思います。

 

なぜなら、そこに「何を観て(感じて)、どう受けとめて、どう活かしていくのか」が学びのプロセスですが、それぞれのフェーズで心の動きが関わってしまうからなんですね。

 

どうしても自分の都合のよいように物事を認識してしまったり、いつもの心のクセで感じてしまったり、それを活かしていく手前で終わってしまい、残念な出来事と片付けられてしまったり。

 

よい学びを得るには、心理バイアスなしの、ありのままに気づくことが大切です。

 

起こった事実を私はこう見ているんだけれど、本当は違うんじゃないかと疑ってみる。

出来事を私はこう受けとめているんだけれど、〇〇さんが受け止めているのは△△かもしれない。

この出来事から学べたことは何だろうか?

 

「内省の頻度が人生を左右する」という言葉を聞いたことがあるのですが、内省して、本当は違うのではと考えてみる。自分の認知バイアスを外してありのままの世界を想像してみる。そこから深い学びを得て、人生に活かしていけたらよいですね♪

 

智慧には三種類あるとブッダは教えました。ここでいう智慧とは「智恵、心を浄化する洞察力」のことです。

 

ちょっと言葉が難しいのですが、お伝えすると、

スターマヤ・パンニャー: 人から聞いて得た智恵

チンターマヤ・パンニャー: 知性と分析に基づく智恵

バーヴァナマヤ・パンニャー: 直接的な自分の経験に基づく智恵

 

この中で本当の智慧が得られるはバーヴァナマヤ・パンニャーだと。

最初の二つは本当の意味では身につかないという意味なのだろうなあと私は理解しています。

 

自分自身で体験して理解したことって、本で読んで知ったことなどと比べて、理解の深さが全然違いますよね。

 

私が教えている『微笑みヨガ』は、実はこのバーヴァナマヤ・パンニャーを得ていただきたきたくてやっています。

 

本を読んでHow Toを学んで理解しても、心は思い通りに動いてくれないからです。


笑いが健康によい、心の状態を良くするという知識があっても、実際にやってみないと本当の理解にはなっていないため、日常生活の実践で使うことができません。


小さなことでクヨクヨするのは身体に良くないと頭で知っていても、そう簡単に心は変えられません。

実際に笑いと深呼吸のエクササイズをして、全然気にならなくなった、という体験を実際にしていただいて、だから悩まなくていいんだ、こうしたほうが楽だよね、と理解できる。

身体で感じて体験して得た智恵というのは本物だと思うんですよね。

 

なので、話しを戻しますと、日常生活で自分自身の体験をとおして学んだ本物の智慧はずーっと忘れませんし、役に立ちます。

せっかくの学びの場を台無しにしないように、素直な心で認知バイアスを外して体験してみましょう!

 

例えば、誰かが自分が知っている話を始めたら、「ああ、その話ね~。知ってる知ってる」と思って聞いていると何も新しいインプットは生まれませんが、思い込みを捨てて聞いてみると「へ~、なるほど~」というポイントがあったりします。

 

いつものよく見る景色の中を散歩するときにも、初めて見るような気持ちになってみる、子供のような心で見てみると、新たな発見や、新鮮な気づきが生まれます。

 

素直な心、学びのポイントですね~。

少しずつ学びを増やして、成長していきたいものです♪




 

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2021年3月24日水曜日

自己肯定感をあげて、自分を困らせる人から身を守る方法


人と関わるからもっと楽しい、もっと嬉しくなることがある一方で、人間関係がうまくいかないとき、それが悩みに変わると、なかなか厄介なものです。


今朝のオンライン『自己肯定感をあげる微笑みヨガ』には、参加者の方から人間関係のお悩みを寄せていただきました。


その人と関わらざるをえない状況があって、嫌がらせをされたり、ほかの人に悪口を言われたり、辛い思いをされているそうです。


それほど困難な状況でなくても、上司やクライアントさんに「あの人ちょっと苦手だな~」という人がいたり、「あの人の一言でいつも気分が悪くなっちゃうのよね~」という場合があったりしますよね。


そこで自分を困らせる人に対処するための3つのポイントをお伝えします。



【1】   人を変わらせることに注力するより、まずは自分を変えてみる


困ったことをするのをやめてほしい、と思ったら、まずは伝えるのがよいですが、言えない、言いにくい場合もありますね。


嫌がらせする人の心理は屈折していますので、伝えてもやめてくれなかった場合には、関わらないのが一番です。関わらないと相手もつまらなくなってやめてくれる場合もあります。


課題の分離といいますが、自分の意志で変えられない課題(イシュー)に関しては、悩んでも無駄です。だって自分では変えられないのですから。


すっぱりと手放して、自分が変えられる、自分自身の考え方、感じ方、行動を変えます。


 

【2】本当にそうなのか、疑ってみる


悪口や嫌がらせが自分自身が思っているほど、たくさんあるのか?あの人はわざと私を困らせようとしているのか?


本当に?本当にそうなのだろうか?と、疑ってみることをおススメします。


まったくゼロではないにせよ、自分自身の意識の中で頻度や量を膨らませていたり、嫌がらせをされているという認知バイアスが働いていたりする可能性もあります。


例えば、こそこそ話しをされていて、悪口を言われていると感じていても、もしかしたら自分の話しではないかもしれないですよね。


今朝は“暗闇の蛇”で笑うエクササイズをしたのですが、“疑心暗鬼“という言葉がありますよね。自分の心が暗闇の中に鬼を見せるのです。


闇を恐れて怖がる気持ちによって、縄を蛇と見間違え、怖がっているのかもしれません。


あんなに「嫌だな~」「怖いな~」と思っていた人や酷い仕打ちも、灯りで照らしてみたら、「なーんだ、こんなものだったのか~」ということもあるかもしれません。


事実を客観的にとらえてみましょう。

 


【3】見る高さ、角度を変えてみる。


今朝のエクササイズでは、胸の中のモヤモヤから、嫌なことをする、自分を困らせる相手をぽこっと取り出して、手のひらに乗せてみました。


自分がどんどん高みに登って上から見つめると、まあ、相手のなんと小さいことか。「あら~、ちっちゃいわね~」と笑ってみてください。


次に困ったことをする相手を見下ろして、「まあ、しょうがないわね~」という気持ちで笑います。


そして、困らせてくれたお礼として、手のひらの上でコロコロと転がして遊んでみながら、色々な角度から見つめてみます。


もしかすると、その人も何か辛い事情があるのかもしれません。誰かにされた嫌なことのはけ口を自分に向けているだけなのかも。


角度を変えてみると、その人は怖い人、嫌な人ではなく、ただ可哀そうな人、人に辛くあたることでかろうじて自分を保っている悲しみであふれた人なのかもしれません。



それでは、具体的にどのような対策をすればよいでしょうか?



【対策1】   自己肯定感をあげる


自己肯定感は時間や出来事によって揺らぐものです。


ショックをうけたり、悲しみに包まれたときには、あなた自身の自己肯定感は下がっていることが多いです。


心ない言葉を言われたり、仲間外れにされたりしたら、自尊感情(生きているだけで私には価値がある)、自己受容感(どんな私でもOK)を増やしましょう。


仕事のミスをなじられたら、自己効力感(私には出来る)、自己信頼感(私は大丈夫)を増やしましょう。


仮にそのミスで仕事場の誰かに迷惑をかけてしまったとしても、自己有用感(私は役に立っている)をすべて否定される必要はありません。その仕事ではミスってしまいましたが、他のところであなたが役に立っている点をあげてみましょう。


自己肯定感をあげる具体的な方法は色々ありますが、例えば「私はできる、できる、できる、イエ〜イ」、お腹や胸を撫でながら「私は大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、イエ〜イ」など、自分を励ます声かけとポーズをセットで行うとよいですね。

ポーズするときは手と足を体幹から遠ざけると、自信が湧きますので、試してみてください。



自分の思いや出来事を書くことも効果的です。

視覚の効果を考えると、より自由に描くために、紙に2色ペンを使って書くのがよいです。


書くことで客観的見れて事実を整理できますし、「だよね〜」と認めて「がんばってるね〜」と褒めてあげることはとっても大事なこと。


赤ペンを使って、小さな進歩や良かったところなどに、たくさん花まるをつけてあげましょう!

赤ペンは書いている私とは別の第三者の視点で書き込みます。赤ペン先生ですね。

たくさん褒められて、自己肯定感が増えていくのを実感できます。


また、今日あった小さな喜びや嬉しいことを書き出してください。天気がよかった。ごはんが美味しかった、など何でもOKです。

生きているだけで価値がある、自尊感情が増えていきます。



【対策2】瞑想を習慣にする


マインドフルネスや瞑想を、1日に2分間でもよいので習慣化するとよいです。

束の間でも自分自身に向きあう時間、頭の中の妄想に気づくのは大切です。


客観視する練習を重ねることで、何か嫌なことがあっても、立ち直りが早くなります。


自分の内側を静かに感じてみると、嫌な気分、辛い気分、悲しい気分は確かに自分の中にあることに気づくと思います。


まずはそれを優しく受けとめて、「そうだよね~」「無理もないよね~」と認めてあげてください。よしよし、と声をかけるような気持ちで。


同時に、今ここにあるその気分は、自分が感じているものなんだな~、ということに気づいてみてください。誰かから差し出されたのではなく、自分が作り出している感情です。


確かに嫌な思いはさせられたけれど、今この瞬間に、それを感じているのは、あなた自身が自分で行っていること。今それを感じる必要はありません。その思いは不要です。さっぱりと手放しましょう。


さらに時間があれば、その思いを感じていた場所に小さな金色の光が生れたのをイメージします。

光がどんどん強くなっていって、白く輝いていき、身体全体が光に満たされて、毛穴から外に放射されて自分が光りを放って輝いているイメージをしてみてください。


ちっぽけな黒い力がやってきても白く強い光で焼き尽くし、自分は輝き続ける、そんな力強さを感じられます。



今朝のクラスでは、苦手な人との関係性を良くする“子どもの瞑想”をやりました。

チベット瞑想の一つで、苦手な人の小さい時をイメージして、困って泣いているその子に慈悲を与える瞑想です。


これを続けていると、不思議とその人に対する意識が変わり、自分の意識が変わると相手の行動も変容していくのが面白いです。慈悲や愛は伝わるのですね。



上述した手のひらの上で小さな困らせる人を転がすエクササイズでは、ジョウロに入れた愛情のシャワーをその人にたっぷりかけてあげました。


意地悪をしてくる人は何か満たされない願望や愛情を得たいと思っていることがあります。


そんなの出来ないよ、と言われそうですけれど、慈悲の気持ち、愛を与えてあげられたら最強です。

自分の自己肯定感もさらにあがっていくことでしょう。


このブログが誰かのお役に立てたら嬉しいです。


Photo: 今朝の鎌倉の山桜。満開まであともう少し



 

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2021年3月14日日曜日

【禅語】一笑千山青: 靄がはれて見えてくるもの



今週のテーマは「一笑千山青(一笑すれば千山青し)」。


『リーダーの禅語』の著者である曹洞宗の住職、枡野俊明氏の言葉をお借りすると、「悟りきってしまえば、目の前の世界が開け、すべてが生き生きと蘇る」という意味の禅語です。


イメージは、目の前にかかる靄を「わっはっは」と笑い飛ばし、青々とした山がくっきりと見えてくる。「千山」は仏さまのメッセージの象徴だそうです。



【目の前にかかる靄の正体】


目の前にかかっているモヤモヤしたものとは、心配、不安、最悪のシナリオや、認知バイアス、つまり色眼鏡、なども含まれると私は解釈しています。


人間は一日に6万回思考していて、生命維持の本能によって、その8割はネガティブな思考だそうなので、靄がかかるのもしょうがないですね。

それらが靄のように立ち込めて、重苦しい、暗い気分になっている状態。


でも、靄の正体は水蒸気。実は頭の中で作り出しているだけかもしれません。


それらを笑う勢いで吹き飛ばすと、だんだんと本当に大事なものが見えてくる。


枡野氏は“困難に遭遇してもくよくよ悩まずに、あっはっはと笑い飛ばし、大所高所から物事を俯瞰で見て判断できるリーダーこそが一流である”と述べています。


確かに、小さな困難であたふたしたり、悩んだりするリーダーよりは、どーんと構えている、メンタルが強くて冷静に判断できる人についていきたいですよね。


リーダーに限らず、細事にとらわれずに、視座が高くて視野が広いことは、すべての人が成功する上での秘訣ですし、幸せを感じて生きるコツではないかと私は思います。


小さなことに一喜一憂して、メンタルをアップダウンさせるよりは、どーんと構えて、ちょっと困ったことがあっても「あらら~ しょうがないね~」と苦笑いをして、「まあ、なんとかしましょう!」と笑ったほうが、よいパフォーマンスができますし、何より心が苦しまずに楽になり、健康によいです。



【見えてくる青い山々】


枡野氏は“「なんとかなるさ」と笑う余裕が現状を打開する道を開く”と述べています。


”困難な状況で、無理をしてでも笑うと、頭の大部分を占めていた小さな悩みや不安が吹き飛び、モヤモヤが晴れて、進むべき道がくっきりと見えてくる”と。


脳科学的にも、笑っている状態は思考を巡らせることができないため、悩みや不安の思考ループから抜け出す作用があります。


そして”Motion creates Emotion”の原則で、腰に手をあてたり、両手を上にあげて笑ったりすると、ポジティブな感情が生まれてきます。


ポジティブな感情が、ピンチを切り抜けることができるかもしれないという自信を生んで、だったら〇〇してみたらうまくいくかもしれない、という打開策を生み出すんですね。


困っている時の人間は背中が丸くなり、身体の中心を守るように肩を内側に寄せて、腕を身体に巻き付けたりします。


そんな風に自分がなっているのを発見したら、ぜひ、腰に手をあてて、胸をそらせて、「あーっはっはっは」と笑って試してみてください。



【私の過去の体験談】


私が笑いヨガと出会ったのは、自分の気持ちが落ち込んで、ヨガや瞑想をしても回復できないのを感じたときに、困難な状態をどうにか良くしたくて、無理にでも笑ってみようと思ったのがきっかけです。


当時、仕事場が移転して、窓が開かない高層ビルに入居した環境の変化や職場での様々なストレスが重なって、もともと持っていたドライアイの症状がどんどん酷くなりました。

考えらえる限りの治療をすべて試してみたのですが良くならず、ひどい時にはオフィスに3時間ぐらい居るのが限界で、湿度の多い自宅で勤務する日も増えました。


インターネットでドライアイの治療法を調べまくるなかで、レーシック難民と呼ばれる人たちが重度のドライアイを患い、その後の人生が台無しになったという情報を知りました。

私は10年ほど前にレーシックの手術をしていたので、すべての治療法をやりつくした時、もう私はエアコンのついている空間の中でパソコン作業をする仕事はできない可能性が高いなあという不安が実感に変わりました。


屋外の作業で、目を使わない仕事で私にできる職業って何がある?そうなったら収入はどうなる?家のローンも残っているし、扶養の娘の大学進学でこれからたくさんお金が必要になるかもしれないのに、と考えだすと、不安と心配で押しつぶされそうになりました。


もう目の前がモヤモヤだらけの状態。

近所の鎌倉山のラフターヨガ・クラブのドアを叩き、皆さんと一緒に笑ってみました。


最初の頃の身体の反応はすごかったです。

楽しい気分で笑っているのに、涙がポロポロとこぼれました。

リラクゼーションの時間はいつもボロボロと大泣きでした。


今思うと感情の浄化作用なのですが、その頃はわけもわからず、「悲しいわけじゃなくて、楽しいんですけどね。大丈夫ですから」と周りの皆さんに言い訳をして、大泣きしていたのを覚えています。


そんな身体の反応にびっくりしつつも、その時は、目の病気を患っていると思っていたので、自分自身がストレスが原因で自律神経のバランスを崩して、涙が出なくなっているということに気づきませんでした。


その後は笑う習慣を身につけたので、不思議と「なんとかなるさ」という軽い気分になり、今の仕事ができないなら、その時にどうすればよいか考えればよい、と楽な気持ちになり、涙も普通の人並みに出るように回復しました。



【笑って仏性に気づく】


笑い声で靄がはれ、青々とみえてくる「千山」とは「仏さまのメッセージ」の象徴。


先日、笑い瞑想をして体験した境地は、仏さまのメッセージの一つだったのだな~と思い出されます。


心の底から笑っていると、だんだんと不要なものが剥がれ落ちていって、人間の本質的な幸せのようなものがあるのを感じます。


困難な状況でなくても、普段の日常生活の中で、たくさん笑っていると、見えてくる大切なものがあるように思います。


一笑すれば千山青し。


笑って自分自身の仏性に気づいていきましょう♪


写真:今朝のお散歩で、昨日の大雨で散った桜の花々が落ちていました。

桜が頭上で咲いていることに気づかなかったので、びっくり。

桜には可哀そうですが、綺麗でした。ありがとう。お花にも仏性を感じます。





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2021年2月8日月曜日

【禅語】慈眼:慈しみの眼差しは幸福をよぶ

 目は心の鏡、と言います。

初対面の人でも目をあわせてみると、だいたいどんな方なのか想像がついたりしますね。


そして、愛情にあふれて、何でも包み込んでくれる大きな心、慈しみの心を持っている人の目は、ず~っと見ていたくなるほど、心地よいものです。


慈しみの波動がその目からあふれているからでしょう。


最近、毎日のように動画で見ている師の目はまさに慈眼。その目に優しく励まされ、この目なりたいな~と、目標にしています♡


そういえば、かつて、ヨガの師匠が国に帰ってしまって新たな先生を探していた時、ばったり会った久しぶりの友人が、「今度この方の講演を聞きにいくのよ~」といって鞄から出した本の表紙にプラユキ師の笑顔がありました。


なんとも優しい目で笑っていらして、この人に習おうと思いました。この笑顔はブッダ(悟った人)だ、とピンときたからです。

私が師として尊敬する方々は皆、慈しみがあふれ出る目をしています。


さて、今週の『微笑みヨガ with 禅』のテーマは「慈眼(じげん)」。


「慈眼視衆生(じげんじしゅじょう)福聚海無量(ふくじゅかいむりょう)」


観音経にある言葉で、「観音様は思いやりの眼で私たちを見てくださっている。そのように生きれば、幸福が集まってきて無限の海のようになる」という意味だそう。


宗教画のような光輝く海原が目に浮かんできますが、仏教や禅はファンタジーではなく、とっても現実的。
「慈眼」は日常生活において、実際に幸福を呼び寄せますので、ポイントを3つに絞ってお伝えします。



【1】慈しみの眼で他人を見ると、自分自信にもよいことがある


自分の目にフィルターがついていることには、なかなか気づきにくいものです。

否定的、批判的な心で他人を見ていると、よくないな~、ダメだよな~と思うところばかりが目につくようになります。


家族や親しい人だと、つい、ダメだしをしてしまったり、その人を否定するような声がけにつながりますね。


逆に相手のすべてを肯定して、広く優しい慈しみの心で見つめていると、よいところ、できるところがたくさん目に入ってきます。


そして、「〇〇なところが、とてもよいね~」「〇〇が素晴らしいね~」といった肯定的な声がけが自然に生まれます。


慈しみの眼で相手を見ることは、もちろん相手のためになりますが、その人の短所を見てイライラしたり、がっかりしたりするよりは、長所に注目して、ニッコリ微笑んで、褒めてあげたり、喜んだりするほうが、ご自身の精神衛生によいですし、愛情ホルモンのオキシトシンが分泌したり、一緒になって喜んで幸せホルモンのエンドルフィンが出たり、メリットが多くあります。



【2】慈しみの眼で見ると、相手の立場から多面的にものごとを捉えられるようになる


例えば、誰か身近な人に、何か言われたくない嫌な言葉を言われたとしましょう。

それに対して、まずは腹が立ったり、悲しくなったり、マイナスな感情が生まれますね。


そして、その次ですが、そんな相手に対して、優しい慈しみの心が持てたとしたら、どうなるでしょうか?


言われた言葉が、いわゆる”小言“だとしたら。


わかってるけど、やれてないだけ。そんなのは自分が一番わかってるんだから、あえて言わないでよ。腹が立つ。というのが普通のパターン。


しかし、慈しみの眼で相手をみることができたら、「ちょっと言い方がキツイのは嫌だったけれど、私の悪いクセを直してほしいと願ってくれている。私を愛してくれているからね~」と思えるかもしれません。

すると、お腹の中で燃えていた怒りの炎がす~っと小さくなりますね。


「心に怒りを持っているのは、燃えている薪を投げ返そうと思って抱きしめているのと同じ」とブッダは言ったそうです。

腹が立ったら、自分の心が焦げてしまわないうちに、さっさと怒りを手放したいものです。


言われた言葉が、いわゆる“嫌味”だったとしたら。


感じ悪~い、ひどい~、あんな風に言わなくても、、、と悲しくて悔しくて泣けてきたとしたら、慈悲の眼で相手を見てみます。


それが、自分に対するひがみや妬みからくるものなら、「なんてかわいそうな人なんだろう。私が優れているから、ひがんでいるのね~」「あんな言い方はひどいけれど、まあ、せいぜい言わせてあげましょう。許してあげる~」と思えるかもしれません。


大きな心、慈しみにあふれた慈悲の心で相手を見ることができると、その言葉を言ってしまった相手の立場から状況を見て、相手の気持ちを想像してみることができます。

そして、さっさと許して、ネガティブな感情を手放しましょう。



【2】自分自身のことも、慈しみの眼で見つめよう


人は無意識を含めると、一日に6万回も思考していて、そのうちの8割がネガティブな言葉だそうです。

その中には自分に対しての厳しい言葉や、自己否定的な言葉が含まれている可能性は高いですよね。


「おまえは〇〇ができない。」「おまえは△△がダメだ。」と、毎日、毎日、他人から声をかけられていたら精神を病んでしまいますよね。

同じことを自分自身にしていないかどうか、要チェックです!


一番大事な相棒である、内なる自分に言われていたら、他人から言われるより、さらにショックですよね。声に出したら言えない酷い言葉さえも、無意識のうちに脳内で繰り返しているかもしれません。

自分を傷つけるような声かけはやめましょう。


おススメなのは、マインドフルネスや瞑想です。

脳のおしゃべりをピタッと止めることができます。


最初はよくしゃべるな~と、脳のおしゃべりを見つめるだけでOK。見つめて気づけるだけでも、大進歩です。


どんどん思考が浮かんでくるので、確認したら、箒で掃くようにしてサッと捨てます。

それを何度も繰り返していると、静か~な、平穏で心地よい、安心安全な空間ができます。


そして次に、今ここにある感覚、浮かんでくる感情などを優しい気持ちでうけとめて、慈しみの心を自分自信に向けます。


なんでもOK。ありのままでOK。

ただ、ここに生きているだけで、OK。


わちゃわちゃと脳内でしゃべっていた内なる自分が静かになり、愛と慈悲の気持ちで優しく包まれると、至福の癒しとなり、リフレッシュできます。


自分を癒した後は、さらに一歩進んで、慈悲の瞑想、メッターバーバナがおススメです。

自分も含まれる、ありとあらゆる、すべてに対して、慈しみの心を捧げる瞑想です。


「すべての生きとし生けるもの、目に見えるもの、見えないものが、苦しみから解放されますように。心の平穏を得られますように。この愛と光が届きますように。」


そう心の中で唱えながら、慈しみの光を送ります。


夜、寝る前に行うと、何とも幸せな満ち足りた気持ちで眠りにつけます。

ぜひ、お試しください♪


このブログが誰かのお役に立てたら嬉しいです。


感謝☆




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2021年2月2日火曜日

自己肯定感は自分で高めることができる、最強の武器

今週の水曜日から「自己肯定感」を高めることを目的とした朝活を始めます。

 

実は私自信、「自己肯定感」という言葉は知っているし、自己肯定感は高いから大丈夫と思っていました。

ですが、中島輝先生に学ぶ機会があり、自己肯定感の量は一定ではなく、その時々で揺らいで変化していること、6つに分類できて、自分にも少し弱いな~と思う部分があること、などを知りました。

 

何より、自己肯定感を高く保ち続けることができれば、身を守る防護服になり、未来を切り開く強力な武器になり、生産性がめちゃ上がりして、いいことずくめだな~と。

 

そして、私が『微笑みヨガ』で教えている内容は、まさにこの自己肯定感を増やすためのワークと同じではないか、と気づきました。

 

ちょうど今朝、中島先生の公式LINEメッセージに自己肯定感を高めるための「プチ習慣」が掲載されていたので、一部をご紹介させていただきます。

 

“朝のプチ習慣:「ヤッター!」のポーズ:顔を上向きにして両こぶしを頭上に突き上げ、「ヤッター」のポーズを取る。「血流が良くなり、気持ちも前向きに」

 

昼のプチ習慣:落ち込んだときはトイレでセルフハグ。「仕事で落ち込んでネガティブになったときは8秒間、自分を抱きしめて深呼吸を。精神的安定や幸福感をもたらすホルモンが分泌され、気持ちが上向きに。自分に優しくなれます」“

 

私の朝活でやっている「ヤッター、イエ~イ!」のポーズ、深呼吸とセルフコンパッションの瞑想と重なります。

 

そもそもの『微笑みヨガ』に自己肯定感アップの効用があるのですが、今週から始まる『自己肯定感をあげる微笑みヨガ』で行う内容について、自己肯定感の6つの要素のうちの土台、木に例えると自尊感情(根)、自己受容感(幹)、自己効力感(枝)の3つに絞ってご紹介します。



 

【1】     自尊感情:自分には価値がある

 

あなたがこの世に生まれて、ここにいる、そのことに素晴らしい価値があります。

そしてHappiness is a birthright. 誰でも幸せになる権利があります。

 

このことを左脳ではなくて右脳で分かり、胸(ハート)で感じて、腹(丹田)に落とすには、笑うエクササイズが役にたちます。

 

私って「ラッキ~」「幸せ~」「愛されてる~」「お役にたってる~」と自分をほめたり、感謝したり、お互いに褒めあって笑っていると、脳内ホルモンが分泌して、自尊の心が増えていきます。

 

「根拠のない自信こそが、絶対的な自信である」

哲学者のエマソンの言葉だそうです。なるほど~と思いました。

 

確かに、何かの根拠に基づいていると、崩れることがあるでしょう。

 

笑うエクササイズに基づいた根拠のない自信。絶対的な自信ですね!

 

 

 

【2】     自己受容:ありのままの自分を認める

 

何かができても、できなくても、OK。よいところ、ちょっと足りてないところ、それもみんなOK。私の大好きなマントラに「It’s OK.」というのがあります。

 

とても美しいパワフルな言葉です。

 

I am enough.」「It’s OK.

 

本当にその通りです。何かあるごとに、何度も繰り返すのがおススメです。

 

これも頭では分かったつもりになっていても、腹落ちして自分のものにするのは、なかなか難しいですよね。

 

笑うエクササイズでは失敗した設定の中で「やっちゃった~」と“困った笑い”をします。

そして、そんな自分にもOKを出して笑います。

また、失敗したことによって何らかの気づきを得られるので、その発見を喜んで笑います。

 

逆に、成功した設定の中で、すっごく嬉しい、すっごく楽しい、そういった感情を素直に表現して笑い、味わうことも行います。


大人になると感情の表現を抑えてしまいがちで、知らず知らずに喜びの感情に鈍感になってしまうものです。


 自分自身の感情を左脳(理性)に邪魔されずに、子供のように右脳(感情)にまかせて表現し、そんなのびのびした自分を受けいれると、自己受容の器が少し大きくなる、そんな感じがいたします。

 

 

瞑想では今ここにある、そのままの感覚を見つめます。

 

そこにあるものが良いとか、悪いとか、判断はせずに、ただ見つめ、それがあることに気づきます。そして、その感覚を優しく抱きしめて、仲良くなる、そんなイメージで行います。

 

 

【3】     自己効力感:自分にはできると思う

 

困難の壁にぶちあたったときに、「自分にはこの壁を超える力や技術がある」と思える力、それが自己効力感です。

 

これがあると、超えられると思っているから、「どうすれば超えることができるだろう」と超える手段や方法を考えはじめ、「きっとこうすれば超えられるはず」という自信をもって、壁を登る行動を始めます。

 

逆に、壁を見たときに「絶対超えられない、無理だ」と思う、つまり自己効力感が無い状況であれば、思考は停止し、行動もできません。

 

笑うエクササイズでは「私、スゴ~イ」と胸を張って笑ったり、「いいね~」「すごいね~」「さすがだね~」と仲間に対して“ほめ笑い”をしたりします。

 

人をほめるワークも、自分の脳は自分が褒められているように感じるので、しっかりと役に立っているんです。

 

話しはそれますが、ご家族やお仕事の同僚など、身近にいる方がよい行いをしたときに、小さなことでも、ほめる習慣をつけることをおススメします。

 

 

瞑想では具体的に何かを成し遂げるイメージ瞑想をすることもあります。

また、お腹(丹田)にあるエネルギーが回る場所(マニプーラ・チャクラ)を意識してガッツ、やる気、頑張れる気力を沸かせたり、胴体の一番下にあるムーラダーラ・チャクラを活性化して大地にしっかりと根を張って、揺るぎのない土台を感じる瞑想を行ったりします。

 

 

以上になります。

ちなみに中島先生による自己肯定感の6つの要素のうちの残りの3つは、自己信頼感、自己決定感、自己有用感です。

 

 

自己肯定感の量は変わるし、時々で揺れ動くと冒頭に書きましたが、先日、それを実感しました。

 

朝から色々なことがうまく回っていて、満ち足りた、自信あふれる気分で過ごしていたのですが、夕方に、まったく予想していなかった少し残念なメールが友人から届きました。

 

予想外な内容だったので、なぜこんな反応をさせてしまったのだろうか、自分の落ち度について考えはじめ、あれかもしれない、これかもしれない、いやいや深く考えすぎで先方は何とも思っておらず取り越し苦労かも、いやいや申し訳ないことをしたのかも、とぐるぐると考えがめぐりました。

 

寝る時間になる前にはその件は腑に落として思考は止んだのですが、小さなメールによって、自己肯定感がぐらぐらと揺れるのを見ました。

 

自己肯定感、奥が深いです。

 

朝活でみなさんと一緒に、私自身も揺らがない、どっしりとした自己肯定感の木を育んでいきます。楽しみです~♪

・2月3日(水) 08:00〜



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2021年1月26日火曜日

【禅語】薫習:師のよい香りに包まれて影響をうけ、自らもよい香りを漂わせよう

昨年の今頃までは、仕事場や行きつけのカフェ、電車の中などで、多くの他人に接して生活していましたが、最近はオンライン以外では家族としか接していない、という方が増えたのではないかと思います。

 

ちょっと寂しい状況ではありますが、逆にいうと、職場などで決められた誰かと一緒に長い時間を過ごさなくてよくなった今こそ、「薫習(くんじゅう)」のチャンス到来、かもしれません。

 

今週のクラスのテーマ「薫習」について、ポイントを2つに分けてお伝えしたいと思います。

 

1】師のよい香りに包まれて、よい影響を受けよう

 

「薫習」の「薫」は「かおる、匂いがする」という字ですが、よい香りの中にいれば、気づかないうちによい香りが自分の体に染みついてしまうように、「優れた人の近くにいると、知らないうちに、自分も優れた人になれる」という意味の言葉です。

 

匂いって知らないうちに、移りますよね。

クリスマスケーキの白い生クリームに、飾りの苺の香りが染み込んでいて、びっくりしたことがありました。焼肉を食べにいくと、服が煙の臭いになります。

 

この人は素敵だなあ、この人のこの部分は学びたいなあ、と感じる人がいたら、その人はその分野で優れている、あなたの先生、師匠、メンターです。

 

その人の放つよい香りに包まれて生活してみるのはいかがでしょうか?

つまり、その人を身近に感じて、よい影響を受けるのです。

 

その人が友人だったら、オンラインで連絡をとって、メッセージのやりとりやおしゃべりをしてみる。その人の素晴らしいところに改めて気づくだけでなく、バーチャルですが同じ空間を共有することで、知らず知らず、その人のよい影響を自分が受け取るかもしれません。

 

その人が有名人であれば、その人の写真を飾ったり、その人の書いた本を近くに置いておいて、ちょこちょこと読んで、その人の思考を身近に感じてみる。

 

その人のポッドキャストを聞いたり、動画があるなら、例えば、朝歯磨きをするときに観て、その人が発するバイブレーションを感じてから一日をスタートする。

 

自分の生活の中に、色々な意味で見習いたい人、そうなりたい人、つまりあなたの師が居る空間・時間を作りだして、じわじわとよい影響を受ける作戦です。


実はこれ、私が最近やっていることなんですが、効果が目に見えるようにでてきています♪

 

さて、逆の例もちょっと考えてみましょう。

嫌な臭いも染みついてしまいますよね~。

居酒屋さんに行った翌朝、上着に誰かのたばこの臭いが染みついていたり。すごくがっかりするやつですね。(外出自粛の今では、ちょっと懐かしいエピソードですがw。)

 

例えば、自分は影響されないと思っていても、ネガティブな思考や言動をする人たちに囲まれていたら、知らず知らずに自分にも染み込んでしまっているかもしれません。

 

もしそんな人がいる職場にお勤めだったとしたら、今はとてもラッキーな時期ですね。

 

人との関わりが少ない今こそ、自分の周りを素晴らしい人が放つ、良い香りで満たして、良いい影響を受けようではありませんか。

 

 

2】思いや行いは習慣となり、心の奥底に影響を与える

 

「薫習」という言葉が教えてくれる、もう一つの大事なこと。

いつもお香を焚いていると、お部屋の中のものにも香りが染みついてしまうように、「人の思考や行動は、知らず知らず、習慣となって心の奥底まで影響を与える」のです。

 

つまり、お香の香りが他の物にその香りを移して、いつまでも残るように、自らの考えや行いは、それがなくなった後でも、心の中に染みついてしまい、習慣として残ります。

 

普段どんなふうに考えて、どんなふうに行動するか、がいつのまにか、心の習慣として確立されてしまい、それが、よくも悪くも心に影響を及ぼしてしまうんですね。

 

例えば、毎日、ジョギングや筋トレをして、栄養バランスのよい食事を摂る習慣がある人は、免疫力の高い、強い身体を作れますよね。

考え方や行動も、同じような習慣となり、心を作ります。

 

「どうせ、だめだろう」「自分にはできない」といつも考え、「失敗するから」「めんどうだから」“やらない”ことをいつも選んでいると、その習慣が弱い心を作ります。

 

「きっと、うまくいく」「私にはできる」といつも考え、「チャレンジしてみたいから」「面白そうだから」“やる”ことをいつも選んでいると、その習慣が強い心を作ります。


ベストセラーには「7つの習慣」や「習慣がすべて」など、習慣がその人を作ることについて書かれた本が多いですよね。


その思考や行動が作りあげた習慣は、匂いとして、その人の周りにも漂うのではないでしょうか?

 

一緒にいるだけで、なんとなく明るい気分になる人。元気をくれる人、安心感をくれる人。

よい香りを放つ人になりたいものです。

 

それには、考え方や行動を変える。

 

一気にごっそりと変えることはできないので、一つずつ。

 

まずはマインドフルに、気づくことから。

 

「あ、今、どうせだめだろう、って思ったな」と気づく。

そうしたら、「本当に?」ともう一度考えてみる。

 

One step at a time.

まずは小さな一歩から。


そして、一歩前に出た!と、すご~く喜んで、自分をほめてください。

小さな変化が積み重なって、1年後にはものすごく進化して、素敵なよい香りがあなたの周りに漂っています♪

  

これを読んでくださった誰かに、私の想いが届いたら嬉しいです。

 




 

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2021年1月13日水曜日

【禅語】把手共行:誰かと手を繋いでいれば、前に進める

新年早々に緊急事態宣言。このコロナ渦で実際に人と手をつなぐのは難しいご時世ですね。

でも、この大変な時だからこそ、心の中で、共に手をとりあって励ましあい、前に進みたいものです。


今朝のオンラインクラスのテーマは「把手共行(はしゅきょうこう)」。

文字の通り、手と手をつないで、共に前に進むという意味です。


このシンプルな禅語は、コロナ渦の変化の激しい世の中を生きていくうえで、自己肯定感を高めて力になってくれる最強ワードの一つだと思います。

私なりの解釈で、3つのポイントでお伝えします。


【1】手をつないで、一緒に歩んでくれる誰かを“自分の中に持つ”


誰かが、つまずかないように手をつないでくれている。

隣にいる、と思うだけで、安心安全な気持ちになりますね。

そして、歩幅を合わせて一緒に進んでくれるのです。

嬉しいですよね。


情景を頭に思い描いてみると、美しい光景ですね~♪


手をとってくれる誰かとは、友人や家族、といった実在の人物に限りません。


「把手共行」とは本来は、自分の中にある仏性、つまり“本当の自分”、大いなる存在、神と言ってもよいと思いますが、自分の中の仏様と手をとり、歩調を合わせて進むという意味だそうです。


仏様と手をつないで歩いているので、自分の歩みが止まってしまったら、優しく手をひいてくれたり、逆に、早く歩いて息が切れそうになっていたら、スローダウンさせたりしてくれるかもしれません。


マラソンのペーサーの役割ですね。一緒に走ってくれるから、ゴールまで完走できます。


また、雪山で遭難しかけた友人が実際に見たと言っていましたが、サードマンと呼ばれる存在にもなってくれるでしょう。

サードマン現象とは、身体が生命の危機に陥った時に、脳がその頼りになる誰か(サードマン)が近くにいる映像を見せてくれ、自分自身に安心感と希望を与え、生き延びるための行動を起こさせるそうです。


「把手共行」で手をつなぐ自分の内なる誰かとは、転倒しそうになった時に支えてくれて、歩みが遅くなったらペーサーになってくれ、危機的状況ではサードマンになってくれる、そんな誰かなのだと思います。


「自分はひとりじゃない」と思うだけで、すごく自信が湧いて、前に進んで歩こうという勇気が湧いてきますよね。その誰かを自分自身の中に感じて、持ってしまうのです。しかもその誰かが、仏様や神、大いなる存在であれば最強です!


並んで手をつないでくれているのですから、大丈夫だよ、OKだよ~、と承認してくれている。こんな安心なことはありませんね。


コロナで外出や他人との接触が減って、自宅にいる時間が長くなった方が多いのではと思います。昨年から何度も言ってしまいますが、今は自分の内側にベクトルを向けて、自分自身と向き合うチャンスです。


生きていて何か満たされない、苦しいと思う原因の一つに、“本当の自分”と離れてしまっている、ということがあります。


“本当の自分“は〇〇したいのに、、、と分かっている場合もありますし、どんなことを望んでいるのか漠然としてわからない場合もありますし、そもそも”本当の自分”がいることに気がつかない場合もあると思います。


自分の中の“本当の自分”に意識を向けて、理解し、その人と手をつないで共に人生を歩んでいけたらよいですね。


【2】手をつないでくれる、メンターをもつ


先に述べたように、誰かが手をつないでくれるのは、転ばぬ杖、ペーサー、サードマンの役割など、本当に心強いものです。


メンターは実際に会話ができる人でなくても、憧れの人でもよいと思います。その人が手をつないでくれていると心に感じながら生活してみます。


私はメンターの笑顔の写真を毎日目につく場所に飾っています。

その人が優しい眼差しで語っている短い動画をちょっとした隙間時間に観ています。

その人が応援してくれている、私の進歩を喜んでくれている、そう思うだけで、行動が変わってくるから不思議です。



【3】誰かと手をつないだら、同じ高さの目線で、一緒に歩く


共に手をとって歩むということは、同じ高さの目線で歩くということです。

上から見下ろすのではなく、下からでもなく、同じ高さです。


相手の立場になって、“同じ目線”で景色を眺めながら、“一緒に”歩きます。


パートナー、お子さん、親御さんと共に前に進みたいと思ったら、優しく手をとって、相手の目線でものごとを観て、一緒に並んで歩くイメージをするとよいですね。


例えば、宿題をやらないで遊んでいるお子さんに、「宿題やりなさい!」と上から声をかけるのではなく、「何して遊んでいるの~?」と声をかけて、今どんな気分なのかを聞いて楽しい気持ちを一緒に喜ぶ。そして本人に宿題の存在を思い出させて、本人が自らやろうと決めて、宿題を始めるのを見守ります。


最初は時間がかかるように感じますが、何回かリピートするうちに、「何して遊んでるの~?」と聞くだけで、宿題のことを思い出して自らやり始める思考回路ができていきます。


パートナーや友人がちょっとしんどい状況にあったら、相手と同じ立場、目線になって、「へー、そうなんだ~」と話しを聞くだけでも、私はあなたと手をつないでいるよ、という安心感は伝わりますね。


相手が歩くのをやめて止まってしまっていたら、手をつないでいるだけで、よいと思います。ひっぱらなくても。歩く元気がでるまで、手を握ってあげましょう。



把手共行。

私はひとりじゃない。

自分の中の仏様と手をつないでいる。

メンターが手をつないでくれている。

大切なあの人の手を私がつないでいる。


そう思うだけで勇気が湧いてきますね!

大丈夫。前に進める。そう思えます。

 

今朝は笑うエクササイズと瞑想で、手をつないでくれる誰かの存在を感じました。


どんなやり方でもよいので、ちょっと意識してみると、自己肯定感が高まって、素晴らしい未来に向かって進んでいけます♪







 

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2020年12月21日月曜日

【禅語】看々臘月尽:ぼんやりしないで、一日を大事に

 

今週水曜のクラスのテーマは、年の瀬にぴったりな禅語、「看々臘月尽(みよみよ ろうげつ つく)」。

 

「看々(みよみよ)」は良く見なさい、「臘月(ろうげつ)」は十二月の別名、「尽く」は終わって無くなる、という意味です。

 

つまり、文字通りには、

 

「あっというまに十二月が終わってしまいますよ。ぼんやりしないで、一日一日を大事にしなさい。」と言っています。

 

また「臘月」は、一年の終わりの12月だけでなく、一生の終わりという意味も含んでいます。私たちの人生は、誰であっても、刻一刻と終わりへ向かっています。

 

「十二月があっという間に終わるのと同じように、人生もあっという間に終わってしまいますよ。ぼんやり生きないで、自分の日々の生活をよく見つめて大事に生きなさい。」

 

そんな意味の言葉です。深いですね~。

「看々臘月尽」、たった5文字の漢字、「みよみよろうげつつく」、たった10文字のひらがなは、こんな深い真理に気づかせてくれます。

 

「なるほど~。意味はわかった。じゃあ、具体的にどうすれば、”日々の生活をよく見つめて大事に生きられる”のよ?」と思いますよね。

 

方法は色々とあると思いますが、私が実践してみて、これはイイ!と思ったやり方をご紹介したいと思います。基本は書籍『Make Time(時間術大全)』のやり方ですが、少しだけ自己流にアレンジしています。

 

手順は以下の3つです。

 

【1】         朝一に本日のTo doのハイライト “KMY”を書き出す

【2】         一番面倒なものを朝の早い時間に集中してやる

【3】         一日を振り返って達成感を味わい、未完のTo doは明日以降のページに繰り越す

 

詳しくは下記でご説明します。

 

【1】     朝一に本日のTo doのハイライト “KMY”を書き出す

 

「今日も素晴らしい一日をやり終えたな~」という感想とともに眠りにつく、そのために必要な大事な作業です。

 

満足な一日の積み重ねが、満足な一年、満足な人生、につながるので、一日単位で充実させていくことがカギになります。また一週間より一日のほうがタスクから逃げられないですし、やれなかった/やらなかったとしても、やらなかったという事実を見る、それに気づくチャンスととらえます。

 

このリストアップは、なるべく早い時間帯にやるのがおススメです。

朝バタバタして、お昼頃に書くこともありますが、なるはやで今日のハイライトを頭に入れておくと、一日が断然、有意義に進みます。理由は【3】でお伝えします。

 

ハイライト=ピカーンと光が当たっている、本日の優先順位が高いやること、です。

私はメモ的にその他の小さなTo doも書いたりもしますが、メインのハイライトは1~3つまでに絞り、実行可能なものにします。

 

私はなるべく、設定するときに、KMYのそれぞれが、なるべく1つずつ入るようにします。

 

K:緊急性(今日絶対にやったほうがよいこと)

M:満足感(やることで充実感があり、私よくやった、えらいね~とほめたくなること)

Y:喜び(楽し~!嬉しい~!と感じること)

 

Kの緊急性が優先されることが多いですが、Mの満足感、Yの喜びも加えたハイライトを設定して、リストをこなしていくと、「あ~ 今日はいい一日だったな~」という実感がわいてきます。

 

というのは、一般的なTo doの優先順位にあるKの緊急性ばりやっていても、心の深い奥底からの満足や、喜びは感じられない一日になってしまうと思うからです。

 

実際の比重はどうしてもKM>Yになりがちですが、ちょっとしたことでよいので、M(満足感)とY(喜び)のTo doを加えます。

 

Kが自由になる時間の大半を占めていて、MYをする時間なんてないよ~という日のハイライトを例えば挙げるとすると、

 

K:〇〇の仕事を今日中に仕上げる

M:気分があがるエクササイズ動画にあわせて筋トレを15分やる

Y:バスタイムをアロマとキャンドル付きにしてリラックスする

 

というように、小さなMYを追加するのです。

 

もし、このMがないと、「あ~ 運動しなくて仕事ばかりの一日だったたな~」という感想になりますが、書いておくだけで、スキマ時間にちゃちゃっと筋トレして、「お、仕事で忙しかったけれど、身体もちょっと疲れてるし、充実した一日だったな~」となります。

 

もし、このYがないと、「あ~ 仕事ばっかりの一日で自分の時間がなかったな~」となりますが、お風呂の時間をスペシャルにするだけで、「自分のためのゆったりとした時間を楽しめて、幸せな一日だったな~」と、リラックスしてよい眠りにつけます。

 

もちろんKMY全部できない日もありますが、KだけでなくてMもY必要なことを、毎日意識するだけで、日々の質、クオリティが高まっていきます。

 

 

【2】     一番大変・面倒なものは早い時間に。ハイライトは集中してやる。

 

ハイライトを決めたら、集中してやるのがポイントです。

 

朝の時間が一番脳が働きやすいので、ついつい夜まで先送りしたくなる気持ちを抑えて、どうせ今日一日の中のどこかの時間を使ってやるんだったら、今が一番効率がよい!今でしょ!と自分に言い聞かせて、短時間で終わらせるために、集中力を高めて取り組みます。

 

そして、Yの”喜び”のTo doは、例えば「家族と一緒に過ごす時間を楽しむ」など、意識しないと他のタスクに邪魔されがちですが、決めたら必ずやりましょう。

 

「あ~ 素晴らしい一日だったな~」と眠りにつくために、必要です。

 

 

【3】     一日を振り返って達成感を味わう、未完は明日のTo doに繰り越す

 

本日のハイライトのリストは日中、常に目につく場所に置いておき、やり終わったらチェックします。

 

目に入る=頭がやらなきゃと思う、という効果があるので、ノートは開けっぱなしにして、頻繁にちらりと見ます。

 

そして、完了したチェックは派手につけましょう!

 

やり終えたら「Done!」とか「Good job!」とか“ハナマル”をつけて自分をほめ、達成感を味わいます。

 

そして一日の終わり、寝る前に、ハイライトのリストを振り返ります。

 

全部チェックが入る日々が続くと、快感になり、次の日もやりたくなります。

 

全部できない日もありますが、残ってしまったタスクは明日に回し、それでも「まあ、OK。よくやった」と思うことは忘れずに。

 

私は早く寝たくて、この振り返りをやらないことがあるのですが、しっかりと今日一日のやりたかったことと、実際やったこと、やらなかったことを見比べて、なぜできなかったのか、どうしたら明日はできるのか、を考えるのは有意義な作業です。

 

振り返りのときには、さらに、本日の進歩、今日できるようになったこと、前に進んでいると実感できるエピソードをメモります。どんなに小さいことでもよいです。

 

ポジティブ心理学のタル教授によると、日々の自分自身の進歩や成長、今日感じた誰かや何かへの感謝の気持ちをノートに記録し、感じることは、幸福(Wellbeing)を手に入れるための手段となります。

 

 

いかがでしたでしょうか?

 

もし、ちょっとでも面白そうだな~と思ったら、ぜひ3日ぐらい試しにやってみてください。その日にちょっと頑張ればできそうな、なるべく軽めのタスクをハイライトすることから初めてみると、達成感が得られて楽しく取り組めると思います。

 

このブログが誰かのお役にたてたら嬉しいです♪




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2020年12月8日火曜日

【禅語】脚下照顧:自分を明らかに。今年を振り返り、願いを叶える

 もうすぐ年の瀬。

「ああ、〇〇をやらずに今年が終わってしまいそうだ~」、なんて思ったりしていませんか?


そんな気持ちになった時に、前向きに今年を振り返って、次の行動につなげていくヒントをもらえる禅語があります。


「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」


文字通りには、「足元を照らしてよく見なさい」という意味です。


もともとは禅の修行の際に、理想や理論ばかりを追い求めて、実践をおろそかにしていないかどうか、自分自身が置かれている状況、実際にやっていることをよく見つめて、反省する心を説く言葉だそうです。


理想は〇〇をしたかったけれど、実際はできなかった。やらなかった。

よくありますよね~。


小さなことだと、今日は本当は〇〇をしたかったのに、忙しくてできなかった。

大きなことだと、〇〇な人生を送りたかったのに、かなわなかった。


そんな願いがかなわなかった、残念な思いをしないために、よーく自分の状況や実際にやっていることを見る。知る。「脚下照顧」が役に立ちます。


願望を実現させるためには、次の3つのステップに分けて行うとよいです。


1. 自分の状況を知る

2. 自分の行動を知る

3. 実行しない理由を知り、対策を考える


以下、詳しくご紹介していきます。


1.【自分の状況を知る】


まずはこれが一番大事、すべてのスタートになります。


よーく考えてみてください。なぜこの願望を実現したいのか。

客観的に知るために、紙でもパソコンでも、言葉にして書き出すことをおススメします。


1)今どんな状況にあって、どう変わりたいのか?

2)それを実現したい理由は?

3)それが実現すると、どんな良いことがあるのか?


2の実現したい理由を書いてみたら、しっくりと来ないという場合もあるかもしれません。

これは願望を実現するモチベーションですので、とても大事です。

もしも、腑に落ちていなければ、願望が実現しにくくなるので、色々な角度から見て、よく考えてみてください。


例えば、「家族が喜ぶから」ではなく、「家族が喜んでくれることで、私が最高に嬉しいと感じて、自分自身に満足できるから」と言い換えるなど。

同じことなのですが、自分自身が納得する表現にするのがポイントです。


3は願望が実現したときの報酬とも言えます。人間の脳は報酬があるとやりたくなる性質があるので、これがイメージできると実現への道が開いていきます。


もし、あまり魅力的な報酬がない場合には、自分へのご褒美を報酬に設定するのも効果的です。


この1から3までを書き出すワークの段階で、実は、やりたいと思っていたことは、本当は望んでいないことだった、と気づくかもしれません。


やりたくないことを、やりたいことなのだ、と錯覚している場合もあります。

それに気づいたら、その目標はもう不要なので、手放して、スッキリします。



2.【自分の行動を知る】


毎日、自分がどんな時間の使い方をしているかを知るために、スケジュール表に書いてみましょう。手帳でもアプリでもOKですが、1時間刻みでなく、30分刻みの表がおススメです。


これをやると、「時間が無いからできない」という幻想が消えます。


空いている時間が見えるので、スキマ時間を活用したり、この願望を実現するための時間を、他の予定を調整することで、作れるようになります。


やりたいこと、かなえたいことのための時間を、予定表に記入する。

後はやるだけです!


一日の中で、空いているはずの時間枠を奪っていく、意外とばかにならないのは、スマホの通知がきっかけで、つい見てしまうSNSやYouTube、ニュースなどにとられる時間です。


ひとつ見ると、次々に気になる話題や、知りたくなることを、スマホは最強のアルゴリズムを屈指したテクノロジーで見せてくるので、まともに戦っても勝てませんので、対策が必要です。


時間を作りたい方は通知をオフにして、うっかり時間を取られないようにしましょう。

通知をオフにしても、自分が見たい時に確認すればよいので、何とかなります。

まずは試しに3日間だけやってみると、いいと思います。とても快適です。

朝目覚めてみるロック画面に何もない!

誰にも邪魔されない、清々しい私だけの朝の時間を楽しめます。


※詳しくは『Make Time(時間術大全)』をご覧ください。別の機会にまたお伝えしたいのですが、役に立つ方法が書かれています。



3.【実行しない理由を知り、対策を考える】


ここからは分かりやすいように、私の事例を紹介しながらお伝えしようと思います。


今年の秋、YouTubeでプロの画家がクレヨンで風景画を素晴らしく描くテクニックを紹介しているのを観て、水彩は面倒だけれど、クレヨンなら気軽にかけそうだと思い、さっそく画用紙とクレヨンを買いに行きました。


サーフィンの波待ちで見た、海に太陽がキラキラと反射して、空と雲が何とも言えない色に染まっている景色を描いてみたいと、ずっと思っていたからです。


しかし、なかなか描くことができません。


購入した画材を片付けてしまうと、描きたいと思ったこと自体を忘れてしまいそうなので、わざと目に入るところに出して置いてあります。

でも、2カ月以上経ちますが、実現していません。


「描きたいけれど十分な時間がなくて、、、」と思っていました。

自由に使える時間はありますが、いつも他の優先順位の高いことに使ってしまうからです。


でも、予定表に「クレヨンで絵を描く」と、そのための時間を記入して、確保してしまえば、あとはやるだけ、実現することを私は知っています。


「本当はやりたくないのかも?」


そう自問してみました。でも答えは「やりたい」。それは間違いないんです。

でもよ~く考えてみると、「やりたい」けれども「やりたくない」が正解でした。


何が「やりたくない」と思わせているのか?


もしかしたら、潜在意識のどこかで「たった18色のクレヨンで描くのは難しそう」「うまく描けなかったら、それを見たときに、自分ががっかりするだろうな~」という、ブロックがはたらいているのかもしれない、ということに気づきました。


では、その心理的なブロックを外すにはどんな対策をすればよいでしょうか?


ハードルを下げて、自分が描きたい絵を描くのではなくて、まず一回目は、先生と同じ絵をなるべく小さなものから、模写して描いてみようと、決めます。

それなら、最初の一回めは、短い時間を確保して、気楽にやり始めることができそうです。



という風に、自分の足元、どんな状況で、何を思って、何を実際にやっているのかを、光に照らして明らかにしていくと、理想や願望の実現につながる行動が見えてきます。


今年を振り返るときに、参考にしていただければ幸いです。



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2020年11月24日火曜日

【禅語】放てば手に満てり:手放せば、入ってくる

 

「放てば手に満てり(はなてばてにみてり)」

 

今は持っていない何かを手に入れたいときに、まずは、握りしめているものを手放さなければ、それを手に入れることはできない。


つまり、大事に何かを握っている、あるいは怖いから何かにつかまっている、そのぎゅっと閉じた手を思い切って開いて、手の中が空っぽになったとき、その空いた手の中に、本当に大切なものが自然と満たされていく。

 

道元禅師の言葉で、「坐禅修行をして、執着を捨て、心を空にすれば、自然と真理の境地に至れる」というのが本来の意味です。

 

私は決断に迷ったとき、勇気を出したいときに、背中を押してもらいたいときに、この言葉を思い浮かべます。

 

禅の言葉は長年語り継がれてきた歴史があり、真理であることは間違いないからです。


ですが、その決断が後でどう転ぶか、もちろんそれが正解かどうかはわかりません。


でも、自分の心が「もうこれは要らない、手放してみよう」と感じているときは、この言葉を頭に浮かべて、「エイやっ!」と掛け声をかけながら、ポンっと手放してみます。


断捨離、ですね。

 

もちろん、怖いです。でも、手放さないと、入ってきません。

 

「放てば手に満てり」。

そうつぶやいて、それを信じながら、手放します。

 

何かに居心地の悪さを感じたり、面倒なルーティーンに辟易したりしたときに、思い出してほしい言葉です。

 

今手の中に握りしめている何か、その中身をよ~くマインドフルに観察してみたら、結構つまらないものだったりするかもしれません。

 

つまらない執着だったり、大事に守っているエゴかもしれません。


手放したほうがよいケースのベスト3を挙げてみますので、ご自身に当てはまるものがないかどうか、チェックしてみてください♪


 

【1】  絶対変えられない、と自分で思い込んでいる習慣

 

例えば、早起きはできない、低血圧だから。という人は、「私は〇〇なの」と、自分に呪縛をかけていたりします。


朝早起きすると、100万円もらえるとしたら、毎朝、起きられそうですよね。


望ましくない習慣について、変えられないという思い込みは手放す、簡単にはできないので、どうやったら手放せるか、その方法を探してみるのがよいと思います。

 

例えば、私自身の10年ぐらい前の話しですが、朝早起きできないから、仕事に行く前の朝は忙しくて、近所の緑地を散歩する時間はとれない、と思い込んでいたことがありました。


言葉にすると簡単に聞こえるのですが、コーチングを受けたときに、この事実に初めて気づいたんです。


そしてその翌日から、いつもより早起きして、朝の新鮮な空気を吸って、朝陽に輝く草木の美しさに心を震わせながら、緑地を散歩できるようになりました。

一日の始まりに、素晴らしい朝の時間が手に入ったんです。

私は今でも低血圧ですが、早起きができないとは全く思いません。

 


【2】  面倒でやりたくないと思うルーティーン

 

例えば、毎日、仕事や家事、育児などに追われて、時間がなくて疲れ果ててしまう、という人は、思い切って家事を省いたり、白旗をあげて降参してしまい、”できない宣言”を自分にしてしまうのが良いと思います。

自分で思っているよりも、実際は大した影響がなかったりもします。

 

私は娘の七五三の時に、これをやりました。

3歳の時はちゃんとお着物を着せて、自分も和服を着て、神社にお参りし、親族で写真を撮って、など一通りやったのですが、なかなか大変でした。

5歳の時は仕事や生活が多忙な中、行事の準備をしようと思いつつ、楽しんでいない自分がいました。


娘本人や家族にヒアリングしたところ、行事をやらなければ、と鼻息が荒いのは私だけのようでした。そして、「エイやっ」という気分で、晴れ晴れと行事を手放しました。


その後、そのことについて、誰からも何も言われたことはありません。ナイスな判断だったなあと思いますし、その後、世間はどうであろうが、自分の心が良いと思う選択をするのが正解、という学びになりました。

 


【3】  ウェルカムでない人間関係

 

これが3つのうちで一番厄介なのですが、気づいたら、さっさと手放しましょう。

とはいえ、なかなか難しいと思いますけれど。


心当たりのある方は、手放したら、新しい、もっとよい人との関係が手に入りますので、「放てば手に満てり~!」と勇気を出して、手放してみてください。

 

例えば、仏教の十善戒の一つの「不両舌」に反する人、つまり、人を仲たがいさせるような言葉を使う人は、どんなに面白い人であっても要注意です。


私は今までの人生で、10代の時に一方的に関係を断った友人が二人いるのですが、そのうちの一人がこのタイプの人でした。

そんな人は本当の友人とは言えませんし、トラブルの原因になるので、関わらないのが一番です。

 

 

何かがうまくいかないとき、手の中に何を握っているのか、よ~くマインドフルに観てみましょう。

できれば、思い浮かぶことを紙に書いてみるとよいと思います。


何を握っていて、何を手放せば、欲しいものが手に満たされる可能性があるのか。

 

さらに一歩進むと、ギュッと固く握りしめた掌には、本当に必要な大切なものは入ってこないのかもしれません。


たとえ大切なものでさえも、柔らかい力でふんわりと握っておいて、何かの変化が起きたら手放せるぐらいの執着でいれば、心の安定、心の平和はキープできるのだろうなあと思います。






 

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2020年10月27日火曜日

【禅語】行雲流水:自然の成り行きに任せ、自由に生きる

今日は素晴らしい秋晴れでした。秋の空は高くて、雲が流れる様子が美しいですね♪

「行雲流水(こううんりゅうすい)」とは文字どおり、雲が大空を自由に流れて行き、水が重力や地形、つまり自然の成り行きに任せて軋轢無しにスムーズに流れていく、そんな生き方を表しています。


修行僧のことを「雲水さん」と呼びますが、この言葉が由来だそう。執着とは無縁な生き方をされているから、そう呼ばれているのだと思います。

「私は雲水です。」と名乗るたびに、きっと毎回、「行雲流水」の生き方を自覚するのでしょう。名前って、大事ですね~。


「行雲流水」の生き方のポイントは、下記の3つだと私は思います。


1. 執着せず、何事にも縛られず、自由でいる

2. 自然の成り行きに任せ、周囲と調和している

3. 常に変化を受け入れている


並べてみると、かっこいい生き方ですね~♡


ですが、ちょっと間違った解釈をすると、遊び人ぽい、根なし草で無責任な感じにも聞こえますねw。

仏門を志す修行僧は、道を進む軸がぶれないのはもちろんなので、時にはかたくなな価値観に縛られてしまう危険性が多いのではないでしょうか。

だから、あえてこの、漂う雲のような、流れる水のような、自由で柔らかく、周囲と調和して生きる生き方を目指すのかもしれませんね。

禅の奥深さを感じます。


さて、今日のような秋晴れの日。

青い空を白い雲が形を変えながら動いていき、心地よい気温と風、太陽の日差し、それだけで、私たち人間は嬉しい気持ちになりますね♪

お天気の良し悪しで気分がアップ&ダウンするのは、常に感情が一定に保てていない。つまり、修行が足りないからなのでは?と感じることがたまにあります。


しかし、そもそも、生物としての“ヒト”が生きる上で都合がよい、つまり快適に感じる気温や湿度や太陽光などの条件下では、生物レベルで嬉しい環境なのですから、気分が高揚して当たりまえですよね!

人類の脳の構造自体は200万年前からさほど進化していないと言われています。


快適なお天気な日には、ウキウキとした気分を素直に受け入れて、楽しんでしまいましょう!私ごとき一般人が数年修行したからといって、思考をそんなに変えられるものではないのです。あっさりと認めてしまいましょうw。


太陽の光に向かって手を広げて、「わー、気持ちいい!生きていてよかった~ ありがとう~!」とニッコリ笑って心の中で呟いてみてください。

「幸せです。ありがとう~!」ともう一度呟くと、喜びが5倍ぐらいに増えていますw。

何か特別なことがなくても、お天気のせいで気分がアップしている、それを増幅させるのです。お試しください♪


そして、逆に雨がじとじと降ったり、寒くて凍えそうだったりする、生物的に不都合で不快に感じるお天気、これが試練の時です。

朝、でかける服を選ぶのに制約が多くて悩ましく、冷たい雨の中を駅まで歩き、モワっと湿度たっぷりの電車の中で息を殺して揺られていく。

そんな状況で、あえて、嬉しい、楽しい気分に、どうしたらなれるかを見つけて、そこに意識をフォーカスしてみる。

この状況で、ウキウキ、ルンルンしはじめることができたら、それは、あなたの訓練、修行の賜物です!


先に述べた、「修行が足りないのでは?これでよいのかな?」と思うこと自体は全く問題がなく、むしろ、自分自身でチェックするきっかけになってよいことだと思うのですが、もしその時に、「私はお天気に気分を左右されてしまい、ダメな人間だ。雨が降って寒いからといって、憂鬱になってしまうなんて、、、」と思ったとしたら、注意したほうが良いでしょう。


私も瞑想を始めた頃に、この思いに陥りました。あるある現象なので、この例を「行雲流水」のポイントに照らし、ダメ出ししてみたいと思います。


ポイント1.執着せず、何事にも縛られず、自由でいる


「〇〇はダメだ」と思うことも執着の一つと言えますね。

執着しているその思い込み自体を手放して、自由になる。俯瞰で自分を見てみましょう。

本当に全部自分がダメな状態といえますか?半年前よりは、ずいぶんよくなっていませんか?全否定する必要がありますか?

すると、あ、結構、私、いいじゃん!と思えるかもしれません。


ポイント2.自然の成り行きに任せ、周囲と調和している


お天気がよければハッピー、雨が降って寒ければちょっと憂鬱、そんな気持ちになったのは、あなたの心が、本能に従って感じたからですね。それ自体は良くも悪くもありません。ただ、自然に感じているだけなのですから。

憂鬱になってしまった自分に対してダメだしをすると、そこに、自分の心の動きに対してダメを出した自分がいて、調和が損なわれます。

まずは、無理をしないで、自然に生じた感情を良し悪しをつけずに、受けとめてあげましょう。そして、客観的に様子を見ながら、望む方向へ持っていきましょう。この場合でしたら気分が上がることを見つけて、雨で憂鬱、なんて思い込みでしかないじゃん、こんなに楽しいことがあるのに、と誘導していきましょう。


ポイント3.常に変化を受け入れている


変化の波に乗る。波に任せる。ちょっと怖いですけれど、溺れないことを確認しながら、正しい方向に流れて行っているのならば、どんどん変わっていく自分を楽しみましょう。

この例ですと、1で思い込みを捨てて、2でありのままを受け入れてしまったので、自分としてはこれが正しいと思っている信念が揺らいでしまうのではないか、という恐怖が湧き上がっているかもしれません。でも自分=理想の自分でないのでダメ、という壁を自分で作りあげて、そこにぶち当たって止まってしまうより、その壁をかわして、横をスルスル~と流れていくほうが、よいですよね?

止まった水は淀んで腐ります。変化しながら周囲の形に調和して流れていく。いつも清らかに美しく生きられます。


「行雲流水」。何かの壁にぶつかったり、窮屈だな~と感じたり、自分がイキイキしていないな~と感じたとき、思い出してください。


今週水曜朝の『マインドフルネス微笑みヨガ with 禅』のクラスでは、「行雲流水」をテーマに、1)自由を感じ、2)執着と愛着を手放し、3)変化の波に乗ります。

右脳を活性化するイメージと遊び心たっぷりの笑うエクササイズとマインドフルな時間を

お楽しみに~♪


Love, Peace, Laughter and Joy.

あなたの幸せを祈っています♡


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講師プロフィール



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ストアカ

橋枝 沙斗子

”微笑みヨガ”で自己肯定感を高め、幸せメンタルに!


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